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2007年2月22日 (木)

『沈黙の春』と『不都合な真実』

今朝の朝日新聞、天声人語に、『沈黙の春』の著者で【農薬などによる公害をいち早く告発した】レイチェル・カーソンのことが書かれていた。今年が生誕100年にあたるとのこと。
その名前を見て、アル・ゴアの『不都合な真実』に抱いていた、もやのようであった違和感の正体が見え出した。

『沈黙の春』(原著は1962年アメリカで出版)は膨大な実証データに基づき、化学薬品が自然界に与える影響を説き明かしている。その時代に与えた衝撃は、恐らく情報網が発達した今の時代の『不都合な真実』の出現の比ではないだろう。
ベストセラーとなり、政府の政策(化学物質使用の推進)を中止させる力にもなった。

画像や図表は全くないけれど、秀でた文章力、表現力は具体的なイメージを描かせてくれるに十分なもの。
次々に展開される地球環境への汚染実態とその先見性は、読み手をぐいぐいと惹き付ける。

正に【春になっても自然が沈黙したままの死の世界を描いた】「沈黙の春」は、この本の出版24年後にチェルノブイリに起きた・・・。

『沈黙の春』と『不都合な真実』は共に、人間が地球に何を為しているか、またひるがえってその事がもたらす人間への影響はいかに深刻かを克明に伝えている。
それでいて、レイチェル・カーソンは人間を地球の主人公とみていない。
自然界における人間の存在を謙虚なところにおいている。
地球には「生きとし生けるもの」が共生し、そこに流れる時間は(人間の力に左右されるものではなく)自然の歩みそのものである、という考えが貫かれている。
それこそが地球を考えることの原点だと思う。

一方、ゴア氏の『不都合な真実』では、人間が地球を支配する(できる)立場として浮かび上がってくる。
自然を人間に寄与してくれる存在として捉えているように感じる。
どうやらこの感覚が、もやのようにひっかかっていた一因のよう。

確かに人間は、自然界に対して大きな力を発揮して、その秩序を乱し破壊を続けてきた。
それを可能な限り修復させ破壊を最小限に留める義務を負っているだろうし、またそれができるある程度の力もあると思う。
でも何より、地球は人間のものではないことを忘れずにいたい。

『不都合な真実』は「このままでは自分たちに、とんでもないことが降りかかる」と、多くの人に、環境改善の為に行動するするきっかけを与えている功績は大きい。
その事が結果的に地球を守ることにつながれば、とてもすばらしい。
でも、やっぱり私はレイチェル・カーソンの感性にならって地球環境を考える方がしっくりくるかな。

レイチェル・カーソンの著書『センス・オブ・ワンダー』からの引用を少し書いてみる。
「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー・・・神秘さや不思議さに目を見張る感性」を授けてほしいと頼むでしょう。」

「『知る』ことは『感じる』ことの半分も重要ではないと固く信じています。」

※文中【 】内は朝日新聞、天声人語からの引用。

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コメント

こんばんは、りんさん。
マクベスとかに出てくる妖精も、鬼太郎の妖怪も、人間臭いですね。八百万の神々も。とある宗教では[どこの思想集団でも]、人民を迷える子羊とか言って、指導者は牧師さん。ノアの箱舟に伝道してくれるのか、宇宙まで? ははhへ。
でも、遊牧民が羊とかを導いていたのか?羊が食い物を探して歩くのに、人の方が付いて行き、野獣から守ったり、病気や出産の世話をしていたのか? さらには、大量の群が気候の変化で飢餓に入った時に、農耕民に救いを求めたりしていく中で、交流が始まったのか? その場合の家畜、或いは、人とは、現代の法体系とはかなり異なる位置付けや慣習の下、生きてきたんやろうナとか、思ったりします。『家族』『奴隷』とか言う言葉の意味合いも、社会人類学[人間学]の長い歴史から読むと、テンで違う様相で見えてきたりして。個々の政治的・技術的争点を、落ち着いて考えれば考えるほど、『性急』な判断が危険と思え、その一方で、緊急の決断が要る事件が増えているとも思え。僕がハチャメチャなのか、地球が危機なのか。
真面目な伝道とパッチ臭い詐欺との境界ってあるンかないンかも、分からなくなりますよ。多分ないと思ってますけど、あった方が好いと思う。困ったもんです。

投稿: ivanat | 2007年2月23日 (金) 00時51分

こんにちは。
『善き人のためのソナタ』 の記事をTBさせていただいたんですが、こちらの記事にも共感しました。
私も昨日の朝日新聞の天声人語でレイチェル・カーソンの記事に目を留めました。
『不都合な真実』は観ていないんですが、なるほどとても興味深い視点でした。

投稿: かえる | 2007年2月23日 (金) 10時39分

ivanatさま、こんばんは。
ず~と雨が降らなかったら、人間はお手上げ。限界があることははっきりしています。
誰であっても、しまいには雨乞いするしかないでしょう。

「どうか晴れますように」とテルテル坊主をつったり、「どうか雨がふりますように」と雨乞いしたり・・・、こういうの、好きです。
えっ?コメントの返答になっていない?
無理ですヨ、私の力でivanatさまにテキセツな言葉を返すことなんて・・・。

投稿: りん | 2007年2月23日 (金) 19時58分

かえるさま、こんばんは。
コメント頂きありがとうございます。
『善き人のためのソナタ』は本当に余韻の残るいい映画でした。

『不都合な真実』については、私は書いたような印象をもったのですが、受け取り方はさまざまかもしれません。
かえるさまも鑑賞(もしくは書籍読後)されましたら、ぜひエントリーしてくださいませ。読ませていただくのを楽しみにしています。

投稿: りん | 2007年2月23日 (金) 20時05分

初めておじゃましました。とても素敵なブログですね。わたしは『不都合な真実』をみて,単に希望を読み取ってしまいました。もうどうしようもないじゃないかという半分の諦めが,わたしの中にくすぶっていたので・・・でも,りんさんがおっしゃるとおり,自然の見方は寄り添う形にはなっていませんでした。なんだか忘れていたことを思い出させていただいたような気持ちです。ありがとうございました。またおじゃまさせていただきます。

投稿: KATEK | 2007年3月 3日 (土) 00時44分

KATEKさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
なんだかえらそうなことを書きましたが、案外これは自分の好みから感じ取った印象かもしれません。

ゴア氏は余りにも自信たっぷりで、好男子で、満点のプレゼン力で・・・、どこか欠けているところがある人のほうが好きな私は反発してしまったのでした。

投稿: りん | 2007年3月 3日 (土) 23時57分

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