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2007年3月30日 (金)

フォトジャーナリズム月刊誌『Days Japan』

先日、十三、第七芸術劇場で『見えない雲』を鑑賞した。原発の事故を描いた作品ということで、各種関係書籍なども取り扱っていた。
そこで、広河隆一責任編集 月間写真集『Days JAPAN』を初めて手にした。
以前から気にはかかっていた書籍でもあり、2種置かれていたバックナンバーを両方共購入。

DaysjJAPAN 第七芸術劇場から自宅までは電車を幾度か乗り継ぐ。
この間、大判雑誌であり遠慮気味に広げてはいたのだけれど、座った時も立っていた時も『Days JAPAN』から目を離すことができなかった・・・。

今回は『見えない雲』の感想を後回しにして、『Days JAPAN』から受けた印象を書いておきたい。
そこには、見たいもの知りたいものばかりあった。

たとえば2006年、6月号は、チェルノブイリ20年の特集。
その他大きな記事だけでも
・ナイジェリア 油田に押しつぶされる住民
・ビルマ 難民を救う医療部隊
・アフガニスタン アヘンとの戦い
・シエラレオネ 戦争の爪跡
・レザの世界 クルディスタン
・海の民 モケン族
もちろん国内の記事もある。
・被爆者-60年目の現在

どの記事どの画像からも「現地の住民の視点に立った報道」というジャーナリストたちの精神を強く感じる。
伝わってくるのは世界のあちこちで生きる人の確かな息吹。
テレビや新聞でのステレオタイプの報道とはまったく異質。
時に正視できないような画像もあるが、「センセーショナルな効果」を狙ったものではなく、それはあくまで住民の姿。

さっそくに定期購読を申し込んだ。
少しは仕事にも慣れ周りを見渡す余裕も出てきた。
「世界を視るフォトジャーナリズム月刊誌 Days JAPAN」が届いたなら、そこに込められた住民たちの思い、ジャーナリストたちの思いをしっかりと受け止められる自分でありたい。

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2007年3月28日 (水)

初期化、悲喜こもごも

数ヶ月前からメインに使っているパソコンの不具合が続いていた。
突然システムが停止、英字が並ぶ画面、あるいは「致命的なエラー」といった表示が出るなどの繰り返し。
再起動やセーフモード起動で何とか使えていたので、根本的な解決やデータバックアップを一日延ばしに・・・。
(MOに一部は落としておいたし、サブとしてノートパソコンも使っている))

ところが1昨日、ついにシステムが突然(ではないのだけど・・・)完全停止。
ついに初期化を選択せざるを得なくなり、マニュアル書を取り出す。
ここで大いに悔やむことになった。
1昨年くらいにもう1台のデスクトップWindows98を初期化した。そのイメージが残っていたのだけど、今回のXpは何とシステムファイルが入っているCドライブだけを初期化する手順が載っている・・・。
「あぁ~」と思わず声に出しても後の祭り。
Dドライブに移動しておくだけで、助かったファイルがいっぱいあった・・・。

とはいえ、初期設定で入っていないソフトのファイルはDドライブ保存では残らない。
数百曲ほど入れていたiTunes、この内iPod miniに落としていたものが3割ほど。7割は失われた・・・。

たくさんのアプリケーションソフトも、すべてが再インストール可能かどうかわからない。
この現状に「がっくり気落ち」のはずが実のところ、そうでもない。
これは「ハードウェア」を体験するチャンスだ!と感じてしまったから。

パソコン教室では生徒さんからさまざまな質問を受ける。
ソフトウェア関連は操作中心で何とか答えられることも多いけれど、ハードウェア(機械)は元から苦手。マイパソコンに関しても最低必要限、しかもこわごわ扱ってきたので何も手応えとして残っていない。

初期化となれば、本体を開けて増設したメモリを取り出すことから始める必要がある。
本体の中身も改めて見ることができるし、メモリの着脱も再確認できる。

その上「初期化」についても具体的なイメージをもって生徒さんに話すことができる。
これはラッキー!と、初期化作業に何やら期待感まで湧いてしまった・・・。

ひとつひとつ手順を確認しながら、作業は無事終了。
今やデスクトップも各フォルダの中身も実にシンプル。
メールもブラウザの「お気に入り」もからっぽ。
頻繁に訪れていたブログやホームページの登録も一から。

それでもこのトラブル、「新しい仕事への応援」のように思えてしまうから人の心って不思議・・・。
パソコンの内部もケーブルだらけのデスク周りも埃をぬぐってすっきり。
まっさら?になったマイパソコン、これからもよろしくね。

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2007年3月25日 (日)

負うた子や負うた子と同じくらいの子に助けられ・・・。

自分の年齢に不足はないけれど、「若さというものは美しいものを抱いているなぁ」と感じることは多い。
その美しさは、やさしさとして発露されることも多い。
かなり適応力が落ちた年齢から、初めての職種に挑んでいる私には毎日が修行。
自分でも信じられないようなミスを頻発し落ち込むときも多い。

休憩室でぐったりしていると、我が子と同じくらいの子が話しかけてくれる。
「失敗と思ったらダメなんですヨ。生徒さんにいい勉強をさせてもらったなぁと思えばいいんです・・・。」

「だいじょうぶですか?」や「たいへんですね」といった世慣れた前おきなどなくトツトツとした口調で、「大変そう」とみた私をいたわってくれる。

その言葉もうれしいけど、鋭い感性と素直な表現をもつ若者の存在自体に励まされる。
「人って美しいなぁ、若者って美しいなぁ」と思えることが、元気の元になる。

家でも若者に元気をもらっている。
朝から家を出て夜の10時に帰っても、温かいご飯が待っている。
この春から1人暮らしをする息子が、毎日メニューに工夫をこらして作ってくれているから。
疲れた?顔で帰ってきた母親に「おかえり」と声をかけ、すぐに温め直してくれる。
「今ちょっと大変」なことをしっかり感じ取り、できることで支えてくれている。
過剰なねぎらいのことばもなく、もちろん恩着せがましい態度もない。
彼にとっては、自分の心に感じたものをストレートに出しているだけ。

今の私はなかなか社会の動きにまで目がいかないけれど、この輝く若者たち(すべての若者が輝く社会を!)の世代、そしてまた次の世代・・・といつの時代であっても人としての尊厳を保って生きていくことのできる社会と地球環境を残してやりたいという思いは強い。

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2007年3月23日 (金)

どうして茎が短いの?

まだ寒い時期から家周りを華やかにしてくれていたお花たち、フリルパンジーやプリムラジュリアン。
パンジー
色彩にくすみが出てきて、そろそろ春のお花と主役交代。

秋に植えた球根は数十球。順調に芽を出しつぼみもふくらんできた。
ところが・・・茎が伸びないものだらけ。
チューリップやアイリス、名も知らぬ花たち・・・、そのほとんどの茎が短い。
チューリップとアイリス

???
ガーデニング初心者としては原因不明、対処方不明。
まぁ、こんな花もあってもいいか、と「個性」として愛でている。
とはいえ、花たち自身は不本意かもしれない・・・。

この春のお花たちには申し訳ないけど、(情報を集めて)来年には「スクスク」伸びる花にしてあげるからね。

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2007年3月21日 (水)

『ルワンダの涙』

昨年、日本で公開された『ホテル・ルワンダ』を観たときの衝撃は記憶に新しい。
1994年にアフリカ、ルワンダで起きたフツ族によるツチ族に対する大虐殺。
数ヶ月間に百万近い人が殺されたという。
それをフツ族のホテル支配人ポールの視点から描いていた。
世界の無関心、国連の無策には胸ふさがれたものの、自分がその「世界の無関心」の一部であるという負い目は、ポールに感情移入することで幾分緩和された。
ドラマ性に富んだ作品であったことにもその一因はある。

一方『ルワンダの涙』マイケル・ケイトン・ジョーンズ監督の語り手は白人。
長年ルワンダで技術学校を運営する白人神父の下で、海外青年協力隊の英語教師として働く純真な青年ジョー。
彼は大虐殺の「渦中」に巻き込まれない、あるいは逃れることができる立場にある。
そしてまさしく自分もその立場にある者。

狂気の大虐殺を前にして、いかに為すべきか、いかに為したか?
ジョーの苦悩はリアリティあふれる映像と共にまっすぐ自分に迫ってくる。

脚本を書いたウォルステンクロフトがパンフレットに書いている、
「・・・この映画が、実際に起こった暴力を描写するのに、目をそらさなかった事を誇りに思っている。なぜなら世界はそれをしてきたからだ。・・・」

映画は、血塗られた記憶も生々しいルワンダの首都キガリで撮影されている。
ルワンダの人たちが出演者としてまたは製作スタッフとして参加しているが、全員が両親や兄弟を殺されているという。
現地での撮影は、製作サイドの強い意志と思いが働いていることはもちろんだけれど、何よりルワンダの人たち自身が心や身体に受けた深い傷をえぐり返しても尚、真実を伝えたかった、ということが背景にある。

果たして人は人を救えるのか。
神は人を救えるのか。
あるいは、ごく普通に暮らしていた人が、なぜナタを振り上げ人を殺すことができるのか?

映画に答えはない。
ただ作品に流れる真摯さは、これらの課題をしっかり受け止めさせ考えさせずにはおかない。

登場人物ひとりひとり、シーンひとつひとつが重く濃い。
ほんの数日前に憧憬と愛を込めて神を語った15歳の少女は、不安と恐れにおののきながら神父に問う。
「あのナタを振り回して殺す人たちも神は愛しているのか?」

虐殺の現場を取材するBBCの女性記者、
「私はここに来る前にボスニアにいた。そこで白人の女性の死体を見ると『これが自分の母親だったら』と思い涙が出た。けれどここでどんな死体を見てもそれはただのアフリカ人の死体なのよ。涙もでないわ」

原題は『Shooting Dogs』。
平和「監視」が目的の国連軍は、「自衛」以外に武器は使わないことになっている。
目の前で男や女、子ども達が目の前で虐殺されていても、国連軍はそれを阻止する為に武器を使用しない。
それでいて遺体を食い散らす野犬に対しては発砲しようとする・・・。

先週の半日休みに鑑賞した映画。
大阪ではテアトル梅田のみの1日1回上映で、しかもこの23日まで。
早く紹介しようとおもいつつ既に21日になってしまった。
上映地域や劇場も限られているようだけど、ぜひたくさんの方に観て欲しいと願っている。

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2007年3月16日 (金)

崖から這い上がる毎日

「ライオンは子を自立させるために崖から突き落とす」と言われるけれど、今の職場の状況がそれ。
容赦なく毎日崖から突き落とされている。
たとえば、まだ対応できるかどうかわからないようなソフトのインストラクションを否応なく突然担当させられる。
開いているテキストを見て、今何を学習されているのかを判断し、説明し質問にも答えなければいけない。
たくさんのソフトに対応した幾種ものコースがあるのでテキストの数も半端ではない。
さらにはテキストから離れて、知りたいことばかりを聞きにこられる生徒さんもおられる。
生徒さんに「わかりません」と言わなければならないような恐ろしい状況を避ける為に、せめて必死でテキスト学習をしておく必要がある。
生徒さんが何十時間もかけて進めるテキストを片っ端から予備学習するのだけれど、何を聞かれても対応できるように一つ一つの課題を検証するので1冊がなかなか終了しない。

それでも確実に力はついていく。
それが「崖に落とす」経営者のねらい。もちろん親ライオンのように愛情からではなく、「役に立つ」人材にする為なのだけど。

生徒さんの個性もさまざまだし、自分の実力不足も自覚のあるところ。言わば毎日がドキドキのぶっつけ本番。
今のところ家事は最低限しかできないし、体重も落ちた。
そんな状況でも不登校?にも陥らず、バタバタと出勤する気力が湧いてくる大きな理由は3つほど。

ひとつは、積み重ねていくことの実感がうれしいこと。
もう「高年」と言っていい今の年齢からでも新しいものを積み重ねることがきるなんてすばらしい、と思う。
もうひとつは、「とことんやって無理なら潔く撤退しよう」という開き直りがあるから。
もともとどこまでできるか未知数で入った職種。自分で「無理」と見極めたなら経営者の思惑など意に介さず(倒れる前に)退くつもり。
ただなるべくならそうならないように、とは願っている。
最後のひとつはやっぱり生徒さんとのふれあいが楽しいこと。
顔なじみの方も増えて、すれ違ってもにこやかに挨拶して下さる方も多い。
「わかるようになったわ~。ありがとう!」といかにもうれしそうな表情を見せてくださる方もおられる。
(実際のところ、経営者の顔色なんかたいして気にしていない。生徒さんに喜んでいただきたいからこそ時間を惜しんで学習をしている)

そんなわけで朝から晩までスクールに詰めてレッスンや学習をしている。土、日も関係なし。
いろいろ気になる社会の動きも追いかけることができないことに不安を感じつつ、今は修行第一。
明日もおそらく崖から落とされるだろうけど這い上がってくる・・・。

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2007年3月12日 (月)

「社会を」知ることと感じること

新しい職場を得てから、一日の内、少なくとも15時間以上仕事関係に費やしている。
当分はこの状態が続きそう。
大好きな映画鑑賞はもちろん、読書や新聞を読むことさえままならない。
テレビも見ないし、ラジオも聞いていない。
社会の動きも、特定のお気に入りブログから得ている情報から部分的に知るくらい。
でも家庭にいて豊富な時間から「社会」の情報を得ていたときより、ずっと「社会」を感じている。

「存在が意識を規定する」、若い頃はそんな話しを友人たちとしたことがあったっけ・・・。
今でもやっぱり、どんな生活を送っているかによって思いつくことのできる事柄には一定の枠があるというのは真実だと思う。

たとえば、「格差社会」の深刻さを情報としても得ても、自分がある一定落ち着いた暮らしを保てる家庭にいる限り、実感は湧いてこない。
もう少し具体的なことで言えば、いまやパソコンは中高年には扱えない人がいても若者にとっては使って当たり前、使えて当たり前のもの、という意識が自分にはあった。
Webの世界には若者があふれているし、自分の子や友人の子たちもすぐにネットから情報を取り出すのを見ている。

ところが、パソコンスクールにはとても若い男性が習いにきている。
真剣に説明を聞きながらぎこちなくキーボードをたたいている。初めてその姿を見たときは衝撃を受けた。自分の想像力の乏しさに、である。
「自然にパソコンを操れるようになるのは、パソコンのある環境で育った子だけなのだ」という当然のことがわかっていなかった。

それどころか(操作を覚えたくても)習いに来ることさえできない若者がいっぱいいるのだ、ということもようやく想像することができ始めてきた。

社会にうごめいているさまざまなことや人は、いつも私の興味を惹くけれど、家庭にいる限り「知る」チャンスしかない場合が多い。どんな仕事でも(もちろん仕事に限るわけではないけれど)社会に交われば生の感覚として得ることができる。これは働くことの大きな魅力のひとつ。

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2007年3月11日 (日)

厳しい職場

保育現場での仕事が長かったから、転職を繰り返していると言っても民間企業での経験は4社くらい。
わかってくるにつれ、その中で今のところが一番「厳しい」と実感。
責任者と思っていた若い男性が実は「社長」だった。
パソコンスクールがどこも大入り満員だった時代はとうに過ぎた。
起業して成功しているにはやはりそれだけの要因がある。

ivanatさんがコメントに書いて下さった「お客さんへのサービスの形態・顧客満足度等のマーケッティング調査もかなり進んでいる」、正にその通りということがようやく私にもわかってきた。
「生き残ってきた」経営の方針は、幾十、幾百もの具体的な決まり事になり従業員への徹底が図られている。
インストラクターといっても、生徒さんの受付や準備物、PCの割り振り、次回の予約の受付、現金の授受・・・などレッスン以外にスタッフ仕事が盛りだくさん。

オリジナルの予約一覧表や生徒さんのカルテも機能性を考え抜いたもの。
書き込む内容が、慣れるまで理解しにくい上に、ひとつひとつが重要な意味をもち小さなミス(乱れた字を書くとかも)許されない。
同時刻に来られる、あるいは帰られる複数の生徒さんにテキパキとそれでいてまちがいのないよう対応していくのは、新人にはなかなかむつかしい(年齢が高ければよけいに・・・)。

「まちがいは先輩、後輩関係なくきちんと正す」ということもスクールの方針にあるので、社長はもちろんだけれど、若い子からも容赦なく不適切なことがあれば注意を受ける。

初めてスタッフ仕事をした昨日、私が受けた注意は数え切れないくらいあった・・・。
「やさしく教える」といったものではなく「ビシッ」「ビシッ」と言われる。
きちんと説明を受けた内容に関してばかりではないので、理不尽と言えなくもないのだけれど、反感が湧くことはまったくない。

言い方がきついものであっても、その注意は個人的な感情から発したものではなく、仕事の質、スクールの質を上げる為のものであるとわかっているから。
これは、自分の仕事の質、自分が働く場の質を上げたい、という自分の希望とも一致する。
相手が若い子であっても真剣に聞くし、まちがいは改める。心から「言ってくれてありがとう」という気持ちがある。

とはいえ・・・もちろんその裏にある「気の滅入り」もなかなかのもの。
上手に気分転換しながら一番しんどい今の時期を乗り越えるしかない。
何と言ってもこの年になって、また新しい人生を始めるチャンスを与えられたのだもの。

あぁ、そうそうインストラクションに関しては思った以上にスムーズにこなせていて、周りも安心しているようす。
どうやら完全劣等生であることだけは避けられた・・・ヤレヤレ。

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2007年3月10日 (土)

春を告げる「文旦」

爽やかな色と爽やかな味が届いた。(といっても自分で買って生協から配送されたもの)
やたら暖かい冬だったけれど、今年もちゃんと実をつけてくれたようだ。
(暖かい方がよくできるのかな?)
この時期に1回だけ生協の企画にある土佐の箱入り文旦。
文旦
グレープフルーツとはまた少し違う、まったりとした甘さと柔らかい酸味。
この季節だけしかないから、食卓に上がる日をずっと待って、大切にいただいて、そしてまた翌春を待つ・・・。

アロマテラピーは神経を鎮めてストレスを減らしてくれるようだけど、私にはテーブルの上に山と盛った文旦も同じ効果があるみたい。

ぐったりと心身共に疲れきった帰宅だったけど、そのきれいな黄色がストレスでゴチャゴチャになった心にそっと風を送ってくれる。
ちょっと元気になったところで、何と言っても一番の楽しみである「味覚」を満足させてやる為に厚い皮をむく。
爽やかな香りが、ほとばしる汁と共にサァーと広がる・・・。

その年初めての文旦は必ず、むきたてをそのままいただく。おいしい・・・。
そのおいしさがまたちょっと元気にしてくれる。

「食べること」ってホントに不思議。

*******
画像右は胡瓜とレーズンでサラダ仕立てにしたもの。

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2007年3月 8日 (木)

『教室の悪魔』

教室の悪魔 毎日のように報道される「いじめ」や「いじめによる」自殺。
詳しく伝えられているようでいて、いつもどこか釈然としない。

よく言われるように、昔からいじめはあった。
なぜ今の子どもたちは死に至ってしまうのか?
なぜ周りの大人たち(教師や親など)は「いじめ」に気付き、手をうつことができないのか?
必ず「二度と起きないように」の言葉で結ばれるのに、それに向けての具体的な記述に乏しい・・・。

『教室の悪魔』東京児童相談センター心理司 山脇由貴子著は、それらの疑問にほぼ答えてくれる。
親や教師のように子どもの生活に直接関わらない立場であればこそ、聴く事ができた子どもたちの生のうめき声。
(もちろん高い専門性や子どもの信頼を得る人間性があってこそだけど)

・今の「いじめ」は、その残酷さにおいて昔からあるものの比ではないこと、
・大人たちに気付かせないように、実に巧妙にかつ効果的にしくまれていること、
・それでも解決に導くことは可能なこと、

どれについても具体的にわかりやすく書かれているので、壮絶としか言いようのない実態、合わせて解決への可能性が確実に伝わる。

大切なのは、混同されがちな「いじめの解決に取り組むこと」と「責任を追及すること」を明確に区別すること。
大人は「責任を追及すること」に思いがいきがち、それが解決につながるとさえ思ってしまう。
だけど、子どもを救おうとするならまずは「いじめの解決に取り組む」為に教師と親が共同行動をとることこそ最優先されるべきとスッキリ理解できる。

学校に通う年齢の子どもをもつ親には必読の書。(もちろん先生たちにも読んでほしい。)
今や子育てには、「いじめ」を正しく理解することは欠かせない。

では、たとえば私のように子どもたちが大きくなれば「いじめ」は関係ないか?と言えば全くそうではない。
序章から抜粋。
【いまの子どものいじめのパタンを見ていると、大人社会をモデルにしているとしか思えないものがたくさんある。子ども達は、あらゆるメディアや通信ツールを使って、大人たちの負の側面を驚くべき速さで吸収し、濃縮し、持ち前の柔軟さで残酷な「いじめ」の手段を開発し続けている。」

子ども達に広がる深刻な「いじめ」は、大人社会のいびつさを映し出したもの。
子ども達にとってはもちろん、大人にとっても穏やかな心で生きていくことのできる社会に少しでも近づけていく責任はすべての大人にある。

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2007年3月 7日 (水)

パソコンを使う、人相手の仕事―「知識はあとからでもついてくる」

デスクワークを続けてきたものの、人相手の仕事がしたいという希望があった。
そこで得意というには憚られる程度ではあるけれど、思い切ってパソコン教室のインストラクターという職種に応募してみた。

自分のパソコンスキルが果たしてインストラクションをこなせるレベルかどうかもわからず、
インストラクターという職業の詳細もわからず、
そのパソコンスクールの運営スタイルもわからず・・・という状態で受けた実技試験。

試験内容はパソコンを使ってのファイル作成やペーパーテストなど。
どのような問題であれ「インストラクターを目指すなら完璧にできて当たり前」との考えがあった私は、始まるとすぐに顔から血の気が引いた。
ファイルが時間内に完成しそうもない、というよりどうすればよいのか全くわからない部分が幾つかある・・・。

でも、引いた血の気はまもなく戻った。スッパリあきらめがついたのだ。
「やはり自分ができる職業ではなかった」と。
実技試験は、自分のパソコンスキルを客観的に知るという貴重な経験となった。
安易に応募して時間をとらせたことさえ申し訳ない気がして(面接者の対応も非常に良かったので)、できるだけの回答をすませたあと、ペーパーテストの裏に若干の感想とお礼を書き記して退出した。

ところが意外にも翌日には責任者の方から「採用」との電話が入る。
うれしさより先に立つのは訝しさ。
「試験の結果も良くなかったのになぜ?(年齢でのハンディもあるのに)」とまず尋ねずにはおられない。

「スクールの方針として、生徒さんへの接し方を何より大切にしています。知識はあとからでもついてくるものです」
この返答にガーンと頭をなぐられた思い。
と、同時に具体的には知らなかった「インストラクター」という職業にのめり込みそうな予感。

「知識はあとからでもついてくる」
人に関わる仕事をしたいと言いながら、それに必要なものは完璧な知識や技術、と思い込んでいたことが大きな間違いと気付かされたのだ。

たとえ知識や技術を教える為の教室であっても、対象が人である限りまず大切なのはその人を「受け入れる」ことであり、相手からも「受け入れられている」と感じてもらうこと。
(ましてや子どもたちの学校なら尚更のこと、学校は知識を教え込むところではない!)

採用基準の最大ポイントは、どのような人でも受け入れられる要素をもつ者か、また生徒さんにそのように感じてもらえる雰囲気があるか、ということのよう。

自分が「完璧」であろうと思うこと、「完璧」だと思ってしまうこと、それこそが人に何かを教えるときに絶対にあってはいけない感覚であることを、まず最初に学ばせてもらった。

このパソコンスクールでの仕事にぐいぐい惹き付けられていくのを感じた。

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2007年3月 6日 (火)

面接に至るまで

【(中年)新人奮闘記】 というカテゴリでの初エントリー。
本当のところ、中年より高年の方が適切かも・・・?

最近転職した。
転職も数年おきに繰り返している内に、「年齢」を告げるだけでシャットアウト、書類選考の段階にも至らない・・・という状況に入ってきた。
実は数ヶ月前に新しい仕事についた。
楽な職場ではあったけれど、最後の職場?とするには余りにモノ足らない。
自分がどこまでも欲深いことにあきれ果てながらも(採用されただけでも感謝すべきかもしれないのに)、見切って退職。

これに懲りて、次はその自分の「欲」を満足させる仕事にアタックすることを決意。
もちろんそういったところ(まぁほとんどのところなんだけど)は、たいてい求人対象年齢に制限がある。
2月下旬、職安で応募したいところを見つけたが年齢条件が合わない・・・。

職安の窓口を通すと、まず担当者が募集企業に「○○歳の女性で応募ご希望の方がいらっしゃいます」と電話で連絡する。
(その前に、応募の者は「募集該当年齢を上回っているので、面接に至らないかもしれないですヨ」と宣告される)
そして担当者の思惑通り?面接には至らない・・・。
職安は決して、積極的に「再チャレンジ」の後押しをしてくれるところではない。

その内情がわかっているので、窓口には頼らず職安では求人票を印刷して持ち帰るだけ。そこに書かれていたメールアドレスに、自己アピールを書き連ねて送信。
連絡があるかどうかの確率は五分、という予測。

実際に「面接します」と連絡があったときには「アピール内容は誇大だったかも・・・?」と応募までの強気はどこへやら、早くも尻込み・・・。
面接は「年の功」でこなすとしても、実技試験をクリアーできるのだろうか・・・?
この年齢の自分に、若者の間を押し分けてまで入っていく根性と実力があるのだろうか・・・?

でも・・・今さら逃げ出すわけにもいかない。

当日は、応募多数のため数回に分けての複数面接。
私は20代の男の子と一緒だった。
さすがに長く生きてきただけ本番では図太い。心の中でうずまく不安をまったく顔に出さず、質問にハキハキとそれでいて柔らかい口調で澱みなく返していける。
隣の若者の返答に「あっ、そんなこと言うたらアカン、そのことば使いもアカンで」とヤキモキ思う余裕さえあった。

面接担当の方は、私よりずっと若い男性。問答を通してその人間性や仕事に対する真摯な取り組み方が伝わってくる。
「この人の元で働きたいナ」と、かつて面接で向かい合った幾人かの「社長」や担当責任者からは一度も抱かなかった印象をもった・・・。

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2007年3月 2日 (金)

1人暮らしの為の?ごはん作り 

高3(卒業したけど)の息子はこの春から1人暮らし予定。
その「暮らし」を支えるのに欠かせないものが、食べること。
受験勉強にも終止符を打ち、時間もあるようなので「食事作りの練習をすれば?」とそそのかしてみた。
「そそのかした」というのは、実は下心があるから。
親として子の健康を心配しているのは事実だけど、作ってもらったら自分が大いに助かる・・・。
今、仕事がとても忙しく食事作りに時間をかけにくいという事情がある。
もっとも息子にしても、その「下心」は十分わかっているのだろう。
案外、自分の為に練習するのではなく、「オカンが喜ぶ」から作る気になったのかもしれない。

さてその初日は1昨日。
私のメニュー提案は「肉じゃが」。冷蔵庫に材料がそろっている。
今どきの子だから、「ほんじゃ、ネットでレシピ出すとこから始めるわ~」とのこと。
忘れず「片付けもしといてね」と伝えておく。

夜9時過ぎ帰宅すると、鍋一杯にそれらしいものはあった。
多少、見ばえに劣るが十分食べられる。

その出来に親子とも気を良くして、翌日はさらにメニューをグレードアップ。
メインは食べ盛りの男の子の定番、鶏の唐揚げ。
この日は調理時に在宅していたが、作り方を教えただけで一切手は出さず。
息子は、袋を下げて(スーパー袋を断わる)買い物に行くことから始めた。

1時間半はかかっただろうか、食卓に並べられたのは、から揚げと、チシャが添えられた具たくさんポテトサラダ、大根とほうれん草のお味噌汁。だしも昆布とかつおでとっている。

3日目となる今日、「焼き魚が食べたい」と言いおき職場へ。
7時半ごろ帰宅して玄関をあけるなり、焼き魚の香ばしいにおいが漂ってくる。
「ちょうど出来たところ」とすぐ目の前に並べてくれたのが画像にある、かますの焼き物、ほうれん草のおひたし、盛り付け方に工夫をこらした?トマト、実たくさんの味噌汁。雑穀入りのご飯。

小さな缶ビールを自分で添えて、さっそく出来たてをいただく。
私の口から思わず出てきた言葉が「こんなん作ってくれるお嫁さんが欲しいわ~」

だけど・・・いつの間にこの息子はごはん作りができるようになったのだろう?
夫はもちろん、子どもたちも小さいときから台所は自由に使ってもらってきたけど、たいした経験はないはず。
ある程度の年齢になれば、見よう見まねでここまでできるものか・・・?
わけはわからないものの、もはや期待度9割、練習1割。明日の夕食がとても楽しみ。

とはいえ、遠く離れて住むことになるかもしれない息子に「オフクロの味」をたんのうさせてやるどころか、食べさせてもらっている・・・そんなことでいいのかなぁ・・・?
焼き魚のごはん

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2007年3月 1日 (木)

木槿(むくげ)の咲く庭

木槿の咲く庭 『木槿(むくげ)の咲く庭』リンダ・スー・パーク著は、装丁も美しくとても好きな本。
妹スンヒィ10歳と兄テヨル13歳の2人の語りによって物語が進む。
子どもの感性が真実と本質を見つめ、素直な心そのままに心に映ったものを描写していく。
舞台と時代は、日本統治下の朝鮮、大邱(テグ)郊外の小さな街の1940年からの5年間。
読む前に抱いていた、どれだけ重苦しい思いに落ち込むのだろう・・・との不安をみごとに打ち砕いてくれた。

もちろん、日本という国による植民地支配の具体的な政策、創氏改名で名前を奪う、日本の代表的な花である桜を普及させる為に木槿(むくげ)の木を根こそぎ廃棄させる、食糧や資源を奪う、兵役や労働を強制する・・・等の展開に改めて向かい合うのは心穏やかではない。
でも、スンヒィの感性は「国」が為すしわざと「人」をきっちりと区別する。
スンヒィにとっては小さいときからの日本人の友だち「友くん」も、親日派(チニルパ)の家の子であるジャンシンも大切な友だち。

自分自身はとっくに子ども特有の素直な感性と表現を失ってしまったけれど、読んでいる間はしばしスンヒィの心のフィルターを借りることができる。
それが為、読後感はとてもさわやか。
もちろんそれは「一服の清涼剤」といった泡と消える性質のものではない。
もっとしっかり日本と朝鮮の歴史を知りたいと思う気持ちにさせてくれるのに、そこに自虐も気負いもないことのさわやかさ。
あるのは朝鮮という国やその国にすむ人たちへの親しみ、というさわやかさ。

日本の子どもたち、いや韓国や北朝鮮の子どもたちにも、ぜひこの本を読んでほしい、できれば副読本にと願う。
(もちろん大人たちにも読んで欲しい)

朝鮮の人々は「次々と力強く花を咲かせる木槿の姿に『どんな圧迫にも滅びることのない永遠の力』を感じる」と、あとがきにある。

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