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2007年9月29日 (土)

臼が花台になった

親戚の家からその臼が我が家に来たのには数ヶ月前。
親戚宅では、幾世代に渡って活躍してきたもののようで家紋?の焼印も残っているとか(私には判別できない)・・・。
「売ったらあかんで」と釘をさされたくらいだから、思い入れだけではなくモノとしての価値も相当に見積もっておられたのだろう。
実のところ私には粗大ゴミにしか見えなかった・・・。
もともと望んで譲り受けたわけではなく、いろいろいきさつがあってのこと。

元の臼 何せモノは、私が持ち上げられないくらいの重量があるし、かさも高い。
もはや餅つき機愛好なので、臼として使うことは考えられない。
大きな木(後に欅であることを知った)をくり抜いたものなので、できるなら何かの形に変えて生かしてやりたいという思いはある。
でも木工のことはさっぱりわからないし、何かに加工するアイデアも浮かばない。
近くにいる木工家の友人に相談してみると、「冬の薪(その工房では薪ストーブを使っている)にするにもこんなゴッツイノ割られへんで~」と「薪」の値打ちもないような言われ方・・・。

そんな臼がちょっとかわいそうにも思えて、「ダメでもともと」と夫と2人で加工してみることにした。
(先の木工家の友人や他の人にもいろいろ尋ねながら)
といっても実質携わるのは夫だけ。
なぜか器用だと思われがちなのだけれど、私はいたって不器用。
釘もまっすぐに打てないし、のこぎりも挽くことができない・・・。
加工の為の情報を集めたり、「いい感じになってきたね」などと、励ましたりするだけの役目。(それなのに「2人で」とはあつかましいかな)

帰宅してから毎夜少しずつ、休日にはたっぷりと、大きなダンボール紙を広げたリビングの一角で作業は何日も続いた。
虫食いが激しい底部分を10センチほどカットし、全体を削ったり磨いたりこすったり、割れ部分を埋めたり、塗装したり・・・。

で、出来上がりがこんな感じ。
今や堂々とリビングの片隅に鎮座している。
私の出番もようやくきたようで、布をあしらい花も生けた。
布は母の着物のコートだったもの。金魚柄の水盤はアンティークの店で見つけた。小さい子が来たらさらに喜んでくれるよう、小さな亀も入れておいた。(本物じゃないヨ)

臼加工後
朽ち果てかけていた臼の再生、まぁいい感じかなと思っているけどどうでしょう?

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2007年9月24日 (月)

『三原色の絵具箱』とパソコンお絵かき

まだパソコンによるお絵かきは始めたばかりで自分でもよくわかっていないのだけれど、KATEKさんから「キミ子方式」についてのコメントをいただいたこともあり、テキストにしている『三原色の絵の具箱』という本の紹介他をちょっとだけ。

「『キミ子方式』って言われているんだぁ~」とKATEKさんに教えていただいたくらいに、著者についても知らない。
この本は20年近く前に友人がプレゼントしてくれ、固定観念にとらわれない独特の描き方が「おもしろそうやなぁ~、いつか始めよう」と思いながら今に至ってしまった・・・。

2
その独特の描き方解説を「キミコ・プラン・ドゥ」のサイトより抜粋(画像も)
【三原色と白だけで色を作り、描き始めの一点を決め、その部分からとなり、となりへと描きすすめていきます。画用紙が余れば切り、足りなければ足して、最後に構図を決めます。構図を決めてからリンカクを描き、色をぬるいままでの絵の描き方と、まったく逆です。】

おもしろそうでしょ?
枠の中に収めるのではなく、描きあがったものに合わせて枠をつけてやる発想。
ヘタな者でも伸び伸びと描けそうな気になっちゃいます。
この描き方をさらに大いに助けてくれるのがパソコン。

まず「三原色」について。
「キミ子方式」によれば赤・青・黄があればすべての色を作り出せるし、そのほうが自分だけの色をつくりだすという喜びが沸くし、ものをよく見るということにつながるとのこと。

中心に使っているソフト「水彩7」には豊富な色の絵具と、それを混ぜ合わせるパレットがある。
パソコン上なら幾度混ぜ合わせをやり直しても絵の具が減らないし、失敗した絵の具が無駄にもならないので、安心して?納得いくまで色作りができる。
今はいろんな色を使ってみたいので3原色にはこだわっていないけれど、色作りが上手になれば3色(プラス白)でやりたい。
もともとプリンターのカラーインクはマゼンタ(赤っぽいピンク)・シアン(青)・イエロー(黄)の3色だもの。すべての色が作り出せるのはいつも実証してくれている。

次に描き始めの一点を決めたらワクにとらわれずに描いていくということについて。
画用紙なら「余れば切り、足りなければ足す」のだけれど、パソコンはそれが大得意。
一部描いて、「もっと下から描き始めたらよかったなぁ」と思えばその範囲を選択してドラッグするだけで下に下がる。
あるいは紙が足らなくなったら、紙のサイズ設定を大きなものに変えてやることで簡単に解決。

どうでしょう?「キミ子方式」はばっちり、パソコンお絵かきで生きるのでは?

本によると、最初に描くのは、もやし、イカ、毛糸の帽子。
私はまだ、モヤシを描いている段階。これがまたおもしろい。
黒い紙の上に1本のもやしを置いて、観察しながら描く。
本では黒画用紙に描く設定なのだけれど、パソコンではまずキャンバスを黒で塗りつぶしておいてから、白っぽいもやしの色を作り出して描いていく。
描いていると、何だかそれが写真で見たことのあるぎょうちゅう(こんな話をもちだしてゴメンナサイ)を思い出させ、一瞬そのイメージに我ながら興ざめしたものの、すぐになぜそんな発想になったのかが理解でき、うれしくなった。

今まで食材としてのもやしに鮮度やおいしさなどといった関心しかなかったけれど、描くためにじっくり観察したおかげで、そのもやし1本も生命体であることを初めて感じることができたのだ。
その結果が「ぎょうちゅう」というイメージにつながったというわけ。
じっくり見ることによって、ものの見え方、感じ方が変わってくるかもしれない、とはや大きな期待を抱いてしまっている・・・。

『三原色の絵の具箱』は3冊組になっていて、まだ1冊目を開けたばかりだけど、今のところはこんな感じかな。

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2007年9月20日 (木)

「お絵かき」を楽しむ

「お絵かき」にパソコンを使っている。
そのことを話すと「えっ~、それじゃ癒しにならないでしょう~」と返されたことがある。
この「癒し」という言葉は好きではないのだけれど、それはまぁさておいて・・・。
もちろん紙に書くことも捨ててはいなくて、「まずはパソコンで」といったところ。

絵心のない私には、「描くこと」自体ハードルが高い。幾つも幾つも並んでいると思われるその一番目のハードルの前で立ち往生、先に進めない。
でもパソコンはそのハードルを、越えることができる高さまで下げてくれるような気がする。
パソコンお絵かきの最大特長は何度でもやり直しができること。
一本の線を描いても、気に入らなければ10回でも20回でも書き直す。
思うように描けずボツになった紙を見て「ヘタやなぁ~」とため息をつくストレスがないことは、「お絵かき」をグッと身近にしてくれる。

今のところ中心に使っているソフトは水彩画風の絵が描ける「水彩7」。
(パソコンのパレットにある)絵の具を混ぜ合わせて好きな色を作り、筆にとる量や含ませる水の量も調節できる。

Tabret  描く道具はマウスではなく、タブレットとペン。(画像はWACOMのサイトより)
タブレットを紙に見立ててペンを運ぶと、その動き通りにパソコン画面に描かれていく。
筆圧にも敏感に反応して表示される。あらかじめ筆の太さは選ぶのだけれど、強く描けば太めに、軽く描けば細めに描けている。
いっぱい描いて、これは、と思うものだけをパソコン内に保存しておく。まだまだ筆運びの練習(タブレットのペンの使い方も含めて)なので印刷もしない。
このように、絵の具や筆などの道具の準備や片付けが不要であること、モノが増えないことも魅力。
「描くこと」の楽しさにどっぷりとはまる時間が取れないことだけが、ちょっと残念かな。

参考にしているステキな本の紹介(パソコンお絵かき用のものではありません)や10月から短期で習いに行く予定の「デッサン講習」(これもパソコンではありません)などについてはまたの機会に。
このブログにもいつの日か、こっそりすみっこに絵が入っているかも・・・?

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2007年9月14日 (金)

『テロル』

最近は目が弱り(加齢プラスPCのやり過ぎ)活字を追うことが多少つらい。
文章の理解力、イメージ力も確実に衰えており、情けないことに「むつかしいなぁ」と感じてしまうと読み進めることに挫折してしまうこともよくある。
その分、映画鑑賞への欲はさらに膨らんだよう。

Teroru そんな状況にあって『テロル』ヤスミナ・カドラ著は、久しぶりに一気に(といっても数日かかりだけど)読んでしまった本。
文字を追いながら、まるで映画を観ているかのように鮮やかにそのシーンが浮かぶ。登場人物の容姿や声、瓦礫が広がる灰色のパレスチナ、喧噪あふれるきらびやかなイスラエル・・・。
その圧倒的な描写力に加え、テーマやストーリーに惹きつけてやまないものがある。
「パレスチナとイスラエル」のこと、「夫婦の関係」のこと・・・。

イスラエル社会で「成功」したパレスチナ人医者アミーン。国籍も取得し、外科医としての実力と地位も揺るがない。郊外の瀟洒な屋敷に美しくやさしい妻と住む。
出自がアラブ人であるがゆえの「不便」はあるものの、懸命な努力が自身のめざした生き方を確かなものにした・・・。

その生活が妻シヘムの死により一変。
シヘムの死は、妊婦を装い腹に爆弾を巻いて子どもたちの集まるレストランでの自爆によるもの。

遺体確認後も、妻は巻き込まれた被害者だとしか考えられないアミーン。
が、数日後に目にしたシヘムからの手紙によってその事実を認めざるを得ない。

夫の深い愛に包まれた「成功者」としての豊かな暮らしに背を向け、何故シヘムは自爆したのか?
互いに完全な信頼と理解があった夫婦であったはずなのに、何故自分は何も知らずにいた?

狂気のように「何故?」を追うアミーンの旅は、アラブ人である自分自身、そして帰化した自分自身、捨て去ったはずの故郷パレスチナと対峙し直すものになった・・・・・。

少し前に観た映画『パラダイス・ナウ』は二人の若者による「自爆攻撃」を描いたもの。
イスラエル占領地ナブルスで、彼らは町の外へ出る自由さえなく貧困と屈辱にまみれた日常の中で自爆を選ぶ。
自爆の動機として少なからず日々の生活の閉塞感と絶望があったろうし、それは平和な国で暮らす私にも理解しやすい感覚。
だけどこの『テロル』におけるシヘムは、イスラエル社会で経済的にも文化的にも「豊かな」暮らしを送っていた。
そのシヘムを自爆へと追い込んだもの・・・

読後は、改めて「パレスチナ」と「イスラエル」が抱える問題の根の深さを考えさせられる。
それはおそらく自分などにはとうてい理解しえないものかもしれない。
だからといってこれら二つの国のことを考えることをやめたくはない。
少なくとも「気にかける」ことは自分にもできることだもの。

著者ヤスミナ・カドラは女性名ながらアルジェリア人男性。
アルジェリア軍の将校時代、軍の検閲を逃れるためこのペンネームで執筆していたとのこと。2001年にフランスに亡命している。
紛争地域を舞台にした3部作があり、『テロル』は2作目。
1作目はアフガニスタンが舞台の『カブールの燕たち』(すぐに購入して読みかけている)
イラクが舞台の3作目は和訳がまだないよう。

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2007年9月10日 (月)

ちょっとだけ若者のいる暮らし

この春から地方に暮らす大学生の息子が数日間帰ってきた。
「元気でやっていればそれでいい」、とたいして寂しさも感じていないつもりではあったけれど、「帰る」と聞くなり、その日、その時刻を待ち焦がれている自分に自分でびっくり、というところ。
たった4日間だったけれど、母子はよくしゃべりよく笑いよく食べた。

若者がそこにいるだけで空間は活気を帯びる。
長身の私が見上げるくらいにでっかい子だけれど、買い物にもついてくる。
「な~んでも買ってあげるよ」の言葉に、とびっきりの笑顔を見せてくれたけど手にしたものはアイスひとつ。
もしかして、あれもこれもと買いこむことを見通して荷物持ちについて来た?

もちろん食事作りにも力が入る。
ズラリと並べた好物をパクパクと平らげていく小気味よさ。

YouTubeで「中島美嘉」を聴かせ、
これがあればクレジットでなくてもダウンロードできるよ、とiTunes Music Cardを見せ、
近頃は季節の移り変わりをコンビニのディスプレイで感じるわ~(コンビニバイトをしている)と話す・・・。
夫婦2人の暮らしにはまず登場してこない世界をのぞかせてくれた。

若者の元気さを感じると、うれしく心はずむ一方で静かな感情も湧いてくる。
生きていることはあまりに楽しくて、やりたいことがいっぱいあって、終わりにしてしまう覚悟などできそうもない。
それでも若い子の元気さを感じるときには、どこか老いた先にある死というものを自然の理として(ちょっぴりだろうけど)受け入れることができている。
時代を託すことに安心を感じるからだろうか、「死」を考えるときに常に伴う恐怖はなくやすらかともいえるくらいに静かな感情。

さて、息子は今日戻っていった。
今の心を占めるのはやっぱり「元気でやっているようだからそれでいい」
寂しさは感じない。
日常に戻り、生かされていることの幸せを満喫する。

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2007年9月 5日 (水)

夏の健康はエアコンから?

9月とはいえ真夏の暑さそのものだった昨日のこと。
朝一番からのシフトではなかったので、9時過ぎに職場に入る。
いつもとようすが違って、ビル3階にある入り口のガラス戸は開け放たれているし、あちこちの窓も少し開いている。イヤな予感・・・。
やはり、室内は蒸し風呂状態。
自転車通勤は乗っている時は快適だけれど、降りるなり身体がカッと熱くなり汗が吹き出る。
いつもはそのほてりをエアコンが鎮めてくれるのだけど・・・。

事情を説明してくれる女性同僚のTシャツにも汗がにじんでいる。
朝からエアコントラブルで部品交換が必要らしく本日中の復旧は望めない、とのこと。
聞いているその間にも、「ポトリ、ポトリ」と汗が落ちる・・・。
一旦汗を引かせる必要あり。
シフトまで多少時間があるのを幸いに、近くの喫茶店へ逃避。

夏が好きなのに、その暑さはとても苦手。
若い頃から夏の間はほとんど食べることができず、毎年必ず3、4キロは体重が落ちた。
涼しくなると食欲が回復し体重を取り戻す、ということの繰り返し。
ところがこの10年くらい前から夏バテが随分軽くなった。
実はこれはエアコンのおかげ。
その頃保育職から鞍替えしたデスクワーク環境は必ずエアコンがある。
また家にも設置するようになった。
もちろんエアコンが原因と思われる体調不良症状も出るのだけれど、「食べられる」ことは何より健康を支えてくれる。

さてエアコンなしの教室内は、外気に加え10数台のパソコンによる熱気でよどんでいる。
ありがたいことに生徒さんからは苦情もなく、汗を拭き拭き真剣に画面に向かっておられる。
「短時間の我慢」との達観か・・・?

自分が一日もつか?に自信がないことに加えて、さらに不安なのはこの日にレッスン予定がある障害のある生徒さんのこと。
ご本人の強い希望があり私はこの方の担当になっている。体温調節機能が働かない方なのに3時間ものレッスンに耐えられるのだろうか?

せめてと、インストラクションしながら片手にうちわをもってひたすらその生徒さんをあおぎ続けていた。
しばらくして、扇風機を手にした経営者の姿が目に入った。
どうやらその生徒さん中心に風があたるよう設置するようで角度や高さを調整されている。まもなくたっぷりとした風が送られくるようになった。
扇風機2台を急きょ近くの電気やさんで求めてこられたらしい。

このやり手の若い経営者には、被雇用者の立場として反発を感じることもあるけれど人間性には信頼を置いている。
かなり重い障害のある方も生徒として受け入れようとする姿勢、このようなトラブルの際にまっさきに「弱者」への対応を具体的にとられることもうれしい。

さて、久しぶりに経験したいくら水分を摂っても喉の渇きが取れず「固形物など何も欲しくもない」状態。
9時頃に帰宅するとすぐにエアコンスイッチON。疲れも一気にでてそのまま横になってしまった。

たった12時間ほどのエアコンなし生活でこれほどのダメージ。
理想はどうであれ、自分の夏の健康はエアコンなしでは保てないことが現実であると認めざるを得ない。

もちろん私に限らず、もはや「健康で文化的な最低限度の生活」を満たすにはエアコンが必需品の地域や環境が多いのではないだろうか。

エアコン騒動で盛り上がった?昨日の職場だったけれど20代後半の男性インストラクターの言葉が感慨深かった。
彼曰く「ホワイトカラーの仕事やのに、こんなに汗だくになるとは。」

「ホワイトカラー」にも幅広い定義はあるだろうけど、フルタイム労働とはいえ「パート」という不安定な身分の彼が、私にはどうも「ホワイトカラー」のイメージと重ならないのでした。

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2007年9月 2日 (日)

「そんなもん」は嫌い

職場の同僚の人たちとは、休憩時間などが重なればよく話をする。特に若い子との会話は楽しい。(家に「若い子」がいなくなったので)
先日、20代後半の男性と「購入したビスタパソコンの不具合」(前回エントリーの件)について話をしていた。彼は若いけれどキャリアは十分、誠実で丁寧な指導をするインストラクター。
年齢の開きはありながら、関心領域の重なりもありいわゆる「ウマが合う」人。

不具合の発生は、仕事関連の事象でもあり、「フンフン」と興味深そうに聞いてくる。
ところがサポートセンターやメーカーの対応に対する私の怒りが理解できないようす。

「メーカーやサポートセンターってそんなもん違いますか?一人一人の個人ユーザーになんて対応しきれないですよ」
「・・・・・」
この言葉は私を随分さみしい気持ちにさせた。
だいたい若者に「そんなもん」という言葉は似合わない。
この場合も決して「そんなもん」ではなくてメーカーやサポートセンターには「責任」があるし、個人ユーザーにはそれをまっとうさせる権利が当然あるはずなのだけれど・・・。

この見所ありげな若者の「そんなもん」意識はどうやって培われてきたのだろう?
そういえば彼が小学生だった頃には既に、アンケートの「将来なりたい職業」に「サラリーマン」と書いた子たちがたくさんいたのではなかったか・・・?

「社会の変革」に関する学習会で知り合った夫と連れ添って20数年、身近なことはもちろん政治、社会のこと、読んだ本や観た映画、何でも感想や疑問を話してきた。
その夫から、時に「そんなもんちゃうか」という返事が返ってくるようになったのは最近のこと。
一抹の寂しさを感じながらも、それこそ「そんなもん」、とそんな返事に反発しないようにしている。
50年も生きていれば、時代の時空に既定された「そんなもん」の存在があることは感じられるし、「そんなもん」と妥協してしまう事柄も多い。

とはいえ、やっぱりおかしなことはおかしいと感じたいし、変えていきたいし変えていけると信じたい。
ましてや子どもたちや若者は限りなく夢を追って欲しいし、自分の可能性も信じて欲しい。

そんなわけで、子どもたちや若者が「夢」をもてない(自分の可能性を信じられない)社会はおかしいし、変えていく必要があるし、変えていけるとまだ信じている。

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