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2007年9月14日 (金)

『テロル』

最近は目が弱り(加齢プラスPCのやり過ぎ)活字を追うことが多少つらい。
文章の理解力、イメージ力も確実に衰えており、情けないことに「むつかしいなぁ」と感じてしまうと読み進めることに挫折してしまうこともよくある。
その分、映画鑑賞への欲はさらに膨らんだよう。

Teroru そんな状況にあって『テロル』ヤスミナ・カドラ著は、久しぶりに一気に(といっても数日かかりだけど)読んでしまった本。
文字を追いながら、まるで映画を観ているかのように鮮やかにそのシーンが浮かぶ。登場人物の容姿や声、瓦礫が広がる灰色のパレスチナ、喧噪あふれるきらびやかなイスラエル・・・。
その圧倒的な描写力に加え、テーマやストーリーに惹きつけてやまないものがある。
「パレスチナとイスラエル」のこと、「夫婦の関係」のこと・・・。

イスラエル社会で「成功」したパレスチナ人医者アミーン。国籍も取得し、外科医としての実力と地位も揺るがない。郊外の瀟洒な屋敷に美しくやさしい妻と住む。
出自がアラブ人であるがゆえの「不便」はあるものの、懸命な努力が自身のめざした生き方を確かなものにした・・・。

その生活が妻シヘムの死により一変。
シヘムの死は、妊婦を装い腹に爆弾を巻いて子どもたちの集まるレストランでの自爆によるもの。

遺体確認後も、妻は巻き込まれた被害者だとしか考えられないアミーン。
が、数日後に目にしたシヘムからの手紙によってその事実を認めざるを得ない。

夫の深い愛に包まれた「成功者」としての豊かな暮らしに背を向け、何故シヘムは自爆したのか?
互いに完全な信頼と理解があった夫婦であったはずなのに、何故自分は何も知らずにいた?

狂気のように「何故?」を追うアミーンの旅は、アラブ人である自分自身、そして帰化した自分自身、捨て去ったはずの故郷パレスチナと対峙し直すものになった・・・・・。

少し前に観た映画『パラダイス・ナウ』は二人の若者による「自爆攻撃」を描いたもの。
イスラエル占領地ナブルスで、彼らは町の外へ出る自由さえなく貧困と屈辱にまみれた日常の中で自爆を選ぶ。
自爆の動機として少なからず日々の生活の閉塞感と絶望があったろうし、それは平和な国で暮らす私にも理解しやすい感覚。
だけどこの『テロル』におけるシヘムは、イスラエル社会で経済的にも文化的にも「豊かな」暮らしを送っていた。
そのシヘムを自爆へと追い込んだもの・・・

読後は、改めて「パレスチナ」と「イスラエル」が抱える問題の根の深さを考えさせられる。
それはおそらく自分などにはとうてい理解しえないものかもしれない。
だからといってこれら二つの国のことを考えることをやめたくはない。
少なくとも「気にかける」ことは自分にもできることだもの。

著者ヤスミナ・カドラは女性名ながらアルジェリア人男性。
アルジェリア軍の将校時代、軍の検閲を逃れるためこのペンネームで執筆していたとのこと。2001年にフランスに亡命している。
紛争地域を舞台にした3部作があり、『テロル』は2作目。
1作目はアフガニスタンが舞台の『カブールの燕たち』(すぐに購入して読みかけている)
イラクが舞台の3作目は和訳がまだないよう。

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コメント

りんさん、こんにちは。
『テロル』(この邦訳書タイトルにはいささか疑問を感じますが)のご紹介、とても興味深く読ませていただきました。

自分自身が差別や迫害を受ける当事者ではないとしても、そうした差別や迫害をひきおこす社会に対して
自分自身がどのように関わるのかという問題は依然として残ります。

見ない振り、知らない振りをしてやり過ごすのか。それとも何らかの形で関わろうとするのか。
妻と夫の間でこの対応の違いを分けたものが何だったのか。とても興味をそそられます。

そして「自分はどうなんだろう」という疑問が鈍い痛みとともに沸き上がってきます。

投稿: koji | 2007年9月16日 (日) 13時36分

Kojiさん、こんばんは。
アミーンの「医師としてのイスラエル社会での成功」は野心という言葉では捉えきれないものであること、またその日常も「見ない振り、知らない振り」とは表現できないものであることを、ヤスミナ・カドラは巧みな構成と文章力で読ませていきます。
ほんのちょっとだけ抜粋しておきます。
【父のおかげで、原始の時代から荒れ続ける大地で育ちながらも、世界を闘争の場とみなすことを拒むことができた。戦争が戦争を招き、報復が報復を呼ぶのをみてきたが、どのようなかたちであれ戦争と報復への加担を自分に禁じてきた。・・・・・
力関係という理不尽で恐ろしい問題を信仰とからめることが神の御心なのだとも、どうしても思えなかった。】

フィクションのおもしろさと深さを堪能させてくれた一冊でした。
Kojiさんもぜひどうぞ。感想、お聞きしたいです!

投稿: りん | 2007年9月17日 (月) 20時22分

りんさん。
興味深い本のご紹介ありがたいです。
フィクションだからこそ、見える世界というのがありますよね。自分たちが、いる世界とかけ離れているから、想像力がなかなか及びません。そこをフィクションは、多角的に見せてくれる魅力があります。是非、手にとって見たいです。

投稿: pianocraft | 2007年9月18日 (火) 10時27分

pianocraftさん、こんばんは。
>フィクションだからこそ、見える世界
この言葉で『夕凪の街 桜の国』が浮かびました。
エントリーはしませんでしたが、終了間際に鑑賞することができました。
ひとつひとつの出来事を「情報」として頭に入れてしまうのではなく、心で感じられるよう優れたフィクションは手を貸してくれますね。

読後のpianocraftさんの感想楽しみにしています!

投稿: りん | 2007年9月19日 (水) 00時17分

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