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2007年10月27日 (土)

紬が素敵なジャケットに、でも・・・。

母が遺した着物を少しずつほどいて小物などに仕立て直している。
すべて母の手によるきれいな縫い目に、はさみを入れるとき、いつもいつもチクッと胸が痛む。
おまけに残念ながら母に似ずいたって不器用、ちっともすっきりとは仕上がらない。
でも、まぁそのうち腕も上がるかも・・・?と楽観的。(今のところその兆候は見えないけれど・・・)

母の住まいから引き取ってきた着物類の中には、私のものも何点かあった。
虫干しなどの手入れに手を抜く私に代わって、保管してくれていたもの。
その中に反物のままのものがあった。
もみじ柄のシルク紬。
紬
20歳の頃だろうか、とても気に入ってアルバイト貯金から自分で買ったことを覚えている。
必要なときにはいつでも2日もあれば仕立てることができる母の手元に置かれていたけれど、結局「必要なとき」は来なかった。
○十年経っても好みは変わっていないようで、今でもこの柄いきは大好き。
秋のランチョンマットにでもしてみようかな・・・と、広げて考えている内に、突然「そうだジャケットに仕立ててみよう!」と思いつく。
絹は軽く暖か、身にまとうととてもやさしい。

といっても自分にできるわけはないので、プロの手にお願いすることになる。
そういえば服のオーダーメイドは結婚してから初めてかな。

近所の仕立て屋さんに、スタイルなどの希望を伝えたあと数日後に仮縫いの運び。
当日は、「生地もスタイルも自分好み、しかもフィットサイズ」のジャケットに出会える期待にワクワク。
紬のジャケット そしていよいよボディに着せられている仮縫い状態のジャケットにお目見え。
「わぉ~」と思わず声が出たくらい、それは期待以上。
張りのあるシルクにおだやかで細かい柄とシンプルなスタイルがとてもしっくりしている。
仕立て屋さんが「こうしてボディに着せておくと、『いいなぁ』とみんなが言うんですよ」と言って下さるのがお世辞に聞こえない。

ところが・・・、予想外のことがひとつ。
何と、ちっとも私に似合わない!
ボディが着ていると見とれるくらいに上品でステキなのに、どうやらその「上品さ」が私のもちあじと合い入れないよう。
鏡を見ながら「似合ってないなぁ~」とのつぶやきに、「そんなこと、ないですよ」と答える仕立て屋さんの声にも元気がない。
背が高くいわゆる「スラッとしている」私にそれが似合わないことに、彼女もがっくり・・・といったところか。

かくして仮縫いで微調整を経てさらなるサイズフィットは為されたが、「お気に入りの一着」にはなりそうもない。
「着ている内に、似合ってくるかもしれない・・・」と一縷の望みは残しているものの、オーダーメイドのむつかしさは再認識。
反物であった時は「大のお気に入り」であったものを、降格させちゃったようでこの紬にも何だか申し訳ないような気持ち・・・。

必ずしも「実用的」なものにしなくても、見て喜び触って楽しむ存在であってもいいのだ、ということにも気付かされた。

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2007年10月25日 (木)

『青い鳥』

重松清氏の8つの作品による短編集『青い鳥』。
8編それぞれに、傷つき苦しみ孤立感に陥っている子どもがいる。
毎回登場するのは中学の非常勤教師である村内先生。
村内先生がすることは、ただ「たいせつなこと」を伝えて「ひとりぼっち」の子のそばに寄り添うことだけ。
村内先生は国語担当ながら、かなり重度の吃音、言葉がつっかえてうまくしゃべることができない。
各編の中心になる子どもたちはそのたどたどしい言葉から、というより存在そのものから、「大切なこと」、あるいは先生が心に寄り添ってくれていることを感じとっていく。
先生が伝えたいのは、「正しいことではなく大切なこと」

青い鳥 第4話の『青い鳥』では、親がコンビニ経営している男子中学生(野口君)が、店の商品をクラスの子にたかり続けられ自殺未遂のあと転校する。
学校がとった幾つもの「反省」手段にも関わらず、野口君がが笑って応じていたように見えたこともあってクラスの男の子たちに「いじめ」をしたという自覚は乏しい。
村内先生は言葉をつっかえさせながら言う。
「人を嫌うから、いじめになるんじゃない。人数がたくさんいるから、いじめになるんじゃない。人を踏みにじって、苦しめようと思ったり、苦しめていることに気づかずに
苦しくて叫んでいる声を聞こうとしないのがいじめなんだ。」

先生は、既に片付けられていた野口君の机と椅子を教室に戻させる。
それは「自分たちへの罰なのか?」と問う生徒に、
「(野口君が)一生忘れられないようなことをしだんだ、みんなは。じゃあ、みんながそれを忘れるのってひきょうだろう?不公平だろう?野口君を忘れちゃだめだ、野口君ににしたことを忘れちゃだめなんだ、一生。それが責任なんだ。罰があってもなくても、罪になってもならなくても自分のしたことには責任をとらなくてはだめなんだよ・・・」とやっぱりどもりながら言葉を返す。

他の作品にも、胸にストンと落ちてくる印象的なことばが散りばめられている。

おそらく、村内先生は言葉が普通にしゃべることができない生き辛さの中で「大切なこと」を見つけ出したのだろうし、同じように傷つき苦しみ孤立感にあえいでいる子どもたちに寄り添ってやりたいのだろう。
子どもたちもまた、自身の生き辛さの中で心から自分のことを思ってくれている人やその人が本気で伝えようとする思いを嗅ぎ分けられる感性を研ぎ澄ませていったのだろう。

重松清氏の著書を読むのは初めてだったけれど、他のものも読んでみたい。

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2007年10月24日 (水)

後輩が5人も・・・

新しい仕事に入って約7ヶ月。勤務シフト表の名前欄には、私の下に5人の名前がある。
入社順に並ぶので既に5人も後輩がいることになる。
少し前に入った2人は人生経験も仕事のキャリアも十分な人。
私も依然「新人」として甘えてきたけど、最近に続けて採用となった3人は年も若いし、学生アルバイトの人もいる。
自分の入社当時を思い起こせば、インストラクションのぎこちなさはともかくもスタッフ仕事の煩雑さにパニックの連続。
詳細の把握、平行して複数の仕事をこなす手際、かつスピーディな動き、すべてを要求されるもので、いやでも加齢による衰えをも思い知らされた。

若い子たちはすぐに適応していくだろうけど、でもやっぱり始めはたいへん。
「できるだけのカバーはしてやりたい」、などと思えるのは、少しは自分にも余裕ができたからかな。
「しっかりせな、あかんわ」との自覚は強いものの、逆にこの年齢になっても尚「しっかりしてない」自分にも少々あきれている。
いつか「しっかりする」日は来るのかなぁ・・・?

とはいえ、若者たちのいる職場は何と言っても華やかさと活気があって楽しい。
しかもそろって個性的ながら気立てがいい。たとえば1人は芸大生で「デッサン」を話題に始めから大盛り上がり・・・。
気が付けば、キャリア十分の後輩たちにはパソコンソフト等に関していろいろと「教えてね」と頼り、若い子たちにも、デッサンばかりでなくその子たちの得意分野などに関して「また教えてね」と声をかけている。(そのどれも私は興味津々・・・)
こんな情けない年の離れた先輩でも、みんなにこやかに接してくれることがうれしい。

今に至るまでには、ストレス並びに、自分の力の限界を感じて退職を申し出たこともあった。
誠意をもって引き止められなかったら、既に退いていた職場であったはず。
大きな山を何とか乗り越えたあとは、どんどん好きになっていく今の仕事。
この年齢になってやりがいのある新しい仕事を得たことは奇跡のように感じるし、感謝の気持ちもいっぱい。
年齢だけで振り落とさず採用を決めてくれた経営者、スタッフたち、しんどい時期を支えてくれた家族や友人、ブログ友たちにも励ましていただいた。
そんな周りの人たち以外にも、何か漠としたものへの感謝もある。
それは神様でも運命でもなく自分をとりまく大きな流れ、のようなもの、かな。
そして、自分にもちょっぴり、「よくがんばったね」と褒めてやろう。

しかしながら時に無鉄砲と言われる私も、できるならもう「新しい仕事」への挑戦はこれっきりにしておきたい。
趣味に関しては「劣等生」に甘んじても好きなことを臆せずやりたいけれど、「仕事」には責任という大きなものが伴う。さすがに限界、かな。

でも既にどっぷりつかった今の仕事にはまだ限界を感じない。
質の高いインストラクションを通じて、生徒さんたちとさらに良い交わりをもてるよう、(相変わらず周りのスタッフたちにも頼りながら)勉強していかなくてはね。

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2007年10月19日 (金)

再生「餡」を食べてたのかな?

製造日偽装から端を発した「赤福」の製造・販売の実態、さらに新たな問題も次々と浮上してきているよう。
それがどうやら私が時々購入する和菓子屋とつながってきたらしい。

「赤福もち」と言えば、大阪ではさまざまなところで見かける。百貨店では入り口近くの目立つ一角、主な駅の売店など。
そういえば、○十年前の小学校の修学旅行の時のおみやげにも買ったかな。
お馴染み過ぎて説明書を読むこともなく、ホームページものぞいたことはなかった。
でも、第一報でも「裏切られた」というより、「あぁ、やっぱりなぁ」という感覚が強かった。
【日持ちのしない生菓子なのに、売り切れ状態が発生せずいつでもどこでも手に入る】商品には「合成保存料」もしくは「冷凍」無しにはあり得ないのでは?と認識している。

洋菓子でも、大手メーカーに限らずクリスマスケーキはもちろん日常的にも数アイテムを冷凍保存(必要に応じて解凍)している店は少なからずあることだろう。

賞味期限当日限りの生ケーキに関しても、閉店時にたくさん残っているのをあちこちのケーキ屋さんのウインドウで見ることも多いが、あれを毎日すべて廃棄しているとはとうてい考えられない。

当日製造と偽った持ち越し商品や合成保存料使用のものは避けたいけれど、和菓子でも洋菓子でも高い技術によって施された「冷凍商品」には、ほとんどこだわりがない。
実際に冷凍和洋菓子(冷凍状態で購入)を時々利用しているが、その味にも風味にも不満はない。

ところが、どうやらこのたび発覚した売れ残りの「赤福もち」を餡と餅を分けて餡部分を再生の為にもち込んだ「赤福」のグループ会社は、私が冷凍で利用している和菓子会社らしい。
では今までにおいしく頂いた和菓子の餡には、もしかして再生されたものも混じっていた?
冷凍販売なので、売れ残りの餡部分を加えても冷凍することでさらなる品質劣化を防げるから回していた?

そのグループ会社にも捜査の手が伸びているよう。
冷凍の和菓子さえ安心して購入できないのかなぁ。
今は世界各国の味も含めて、簡単にさまざまな食品が手に入るようにみえて、実際は「おいしくて安全なもの」は、どんどん生活から遠ざかっているのかもしれない。

私の地域でも、年配夫婦がおいしくて安全な商品を製造販売されていた(アイテム数は少ないし、遅い時間に行くと売り切れも多かったが)「町の小さな和菓子屋さん」は15年以上も前に店を閉じられた・・・。
(「赤福」も「町の小さな和菓子屋さん」であった頃は良心的な商売をしていたのだろうなぁ。)

企業倫理の低下はあきれるほどだけれど、買う側も(自分のこと)、いつでも簡単に地場ではない地域の「おいしいもの」を食べたい、という欲にももう少し歯止めが必要ということか。

さて、この「赤福」の餡と餅を分けて流用したという問題の展開はどうなることか。
偽りだらけの「赤福」にはたいして関心はないけれど、品質保持の為の冷凍や合成を使わない着色方法等の製造手法を明らかにしていた(ホームページにはそこまで書かれていないけど)「餡」が回ってきた方のグループ会社の言い分はぜひとも聞いてみたい。

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2007年10月17日 (水)

失敗、失敗!

仕事がお休みの今日は朝から秋晴れ。
水曜日に休日を入れることが多いのは、映画がレディスデーで1000円になる曜日だから。
とはいうものの、なかなか近隣に映画館があるわけでもなく観る機会は少ない。
きょうこそ、と思ったけれど、まぶしいような陽射しとさわやかな風があおるのは「家事」への誘惑。
気候のいい季節に、時間に追われないでする家事はとっても気持ちがいい。
そんなわけで、ふとん干し、シーツなどの大物の洗濯、煮込み料理の下ごしらえ・・・などをのんびりと始めていたところに電話が・・・。

職場からで「どうしましたか?」
「はっ?」
「遅れて来られたことなどなかったのに、どうされました?」

何と、今日はお休みなどではなく出勤日だとのこと。
(1ヶ月前に休み希望を記入するシフト表に、自分では書き込んでいたつもりが、書かれていなかった)

既に出勤予定時間を5分ほどオーバー。
「できるだけすぐに行きます」と答えてから職場に着くまで15分。
外出予定がない休日は「スッピン」。そこへいつもの5分化粧を3分で、そして着替え。
職場の自転車置き場まで8分かかるところを飛ばして6分。あとはひたすら走る・・・。

謝罪の言葉もそこそこにすぐにインストラクションへ。
したたり落ちようとする汗だけど、さすがに快適な季節では治まるのも早い。

家事も心地いい、仕事も心地いい、秋晴れの一日は何をしても心地いい。
その季節のさわやかさは、「とんだミスをしてしまった・・・」という気落ちまで振り払ってくれたよう。
長い間いろいろな仕事をしてきたけど、うっかりミスで仕事に穴をあけたことは恐らく1回もなかったと思うけれど・・・。(たとえ30分弱であろうとも)
この仕事に就いてからも、シフト表で翌日の自分の勤務を確認忘れをしたのは昨日が初めて。
それさえしておれば、休日であるとの思い込みは既に昨日で解消されていたはず。
きょうはたまたま予定が何も入っていなかったけれど、約束があったならそちらにも大迷惑をかけてしまうところ。
あらためてシフト表に記載された休日と自分の手帳のスケジュールとを照合した。

ミスはミスでも、ある程度取り返しができる状態でよかったなぁ(外出していたらすぐには職場に入れなかった)と思いつつも、「お休み」が1回とんじゃったのは痛い・・・。

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2007年10月13日 (土)

彼の地でも栗ご飯

この春から大学生になった末っ子は地方で1人暮らし。めったに帰ってこないし電話やメール連絡もほとんどない。(こちらからもしないのだけれど・・・)
その子から珍しく携帯メールが届いた。開けてみると「栗ご飯!」とある。
「何のこっちゃ?」と読み解けずにいたが、添付画像があることに気が付いた。
何と画像は、家から持って行ったお茶碗に盛られた栗ご飯。
こんもりとした白いご飯に、いびつな形ではあるがきれいな色の栗が見え隠れしている。

「自分で作ったのだ~」と、しばらく見とれたあとさっそく「おいしそうや」と返事メール。(携帯メールを打つのが苦手なので文が短い)
意外にも、折り返しは電話でかかり、バイト先で栗を頂いたこと、剥いてご飯に仕立てたこと等を詳細に説明してくれる。
案の定、指も切ったとのこと。(たいしたことはなさそう、やれやれ)
がんばって作った栗ご飯は、食べたかったからというより、出来上がり画像を母に見せたかったのかもしれない・・・。

家にいたときは、この時期には連日のように食卓に上がる栗ご飯を当たり前のように食べていた子だが、「家の栗ご飯が食べたいわ~」としみじみ話す。

食欲の秋は、人恋しい季節。1人暮らしに慣れたはずの息子も「栗」で久しぶりに、家や母に心馳せたのだろう。
同じく母も、この子が家にいなくなったことをあらためて「寂しいなぁ・・」と思わずにはいられなかった・・・。

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2007年10月11日 (木)

デッサンを始めた

先週から週に1度90分、デッサン講習に行っている。近隣短大による「生涯学習」講座のひとつ。
「お絵かき」をやりたいと思いかけたときにタイミングよく案内が舞い込んできた。

【デッサン~物の見方のヒントを得る~(全12回)
対象を思うように描けない。そんな時、デッサンの基本をしっかりしてみてはどうでしょうか。物のとらえ方、物と空間との関係、構図の問題。デッサンには、それらの疑問を解決するヒントがあります。鉛筆・木炭・コンテパステル・ペン・色鉛筆など、いろいろな材料で描くのも、楽しい事です。】

どうでしょう、惹かれませんか?

謙遜などではなく!本当に絵を描くことがヘタな私にはググッとくい込むコピーでした。というわけで文字通り「○○の手習い」を始めることに・・・。

初回は、やはり自信のなさからくる不安を「マイペースでやればいいのだから」と自分でなだめながら参加。
メンバー10人の大半が前回も受講されていて相当の実力の持ち主であるという事実が明らかになっても、動揺を極力抑えつつ・・・。

経験者はさっさと用意されたコスモスなどを対象に、滑らかに鉛筆を走らせている。
初心者は置かれた石膏の円柱を描くらしい。
ある程度の説明はあるものの鉛筆の使い方、形のとり方もよくわからない。
事前に少しでも勉強しておかなかったことを後悔!
これまでの経験から、基礎がまったくないのに集団レッスンを受ける場合は、あらかじめ参考文献などに目を通しておくことが必要なのはわかっていたはずだった。

輪郭は定まらず、陰影がうまく描けてないので立体にも見えにくく、鉛筆タッチもおぼつかない自分の描きっぷりに気持は暗~くなりながらも、時間がきて終了。
この記念すべき第1回作品はさすがに恥ずかし過ぎてアップはできない。
Kyuu150 ということで「球」状の画像は、これでも随分マシになった2回目のもの。
ネット上の初心者向きデッサン解説などを参考にさせて頂いて、この1週間に基礎練習を繰り返してから描いた。(とはいえ形もいびつだし線もあやしげ)

この基礎練習がまた飽きない。さまざまな方向の直線、あるいはらせん状に鉛筆を走らせるだけなのに浮かび上がる線のひとつひとつに表情があるように見えておもしろい。
定まらないタッチにも原因があってのことだろう。
いずれは「整ったタッチによる美しい線が織り成す表情」にうっとりする日が来る、と信じたい・・・。

パソコン上でもタブレットを使って球をデッサンしてみたけれど、これは「鉛筆と紙」に軍配。
仕上がりはともかく、紙の上を滑らせる鉛筆タッチの柔らかさからくる心地良さはタブレットとペンにはない。
とはいえ、紙上はもちろん、パソコン上でもお絵かきは長く続けても(といってもせいぜい1.5時間くらい)疲れを感じない。マウス操作やチカチカする画面展開がないからかな?

150_2 もうひとつのおまけ画像は「イラストレーター」で描いた球。
出来上がりまで1分もかからない。
ドラッグひとつでグラデーションの方向を変えることができる。いかにもパソコン技。
これはこれでおもしろいし、文句なしにきれい。

さて、先生が中国で絵画の個展をされる関係で、次の講習は11月。
早くも「ピーマン」に挑戦するらしい。しっかり練習を重ねておかないと、凹みっぱなしの90分になっちゃいそう・・・。

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2007年10月 9日 (火)

栗ご飯がいっぱい

自分の為だけに食事を作るとなると手を抜きがちだけれど、さすがに”食欲の秋”はそうはならない。
特に「栗」。
「忙しい、忙しい」と言いながら、気が付けばここしばらく栗の皮剥きをしている時間が多い。
それを焼いたり煮物にもするのだけれど、何と言っても「栗ご飯!」

栗ご飯
まずはシンプルな栗ご飯。(うるち米2合にもち米1合)
左画像が炊く前で右が炊き上がり。

栗赤飯
そして栗(炊き)赤飯。(うるち米1合にもち米2合、圧力鍋使用)

栗黒豆ごはん
さらに何よりのお薦め、「栗黒豆ごはん!」
ほっこりした栗の甘さ、とろけるような黒豆の甘さ、じわっと広がる米の甘さが溶け合う・・・。
おいしいです!
黄と黒、白の色合いもとてもきれいなので、黒豆の煮汁は入れずに白く仕上げている。
黒豆おこわは、仏事のおもてなしに使われるからか、この組み合わせは見たことがない。
でも栗が入っているのだから、「秋ご飯」メニューということにしましょう。

おにぎりとお漬物

この栗黒豆ごはんは、遅出だった今日の朝に作ったもの。
圧力鍋で栗を蒸してから皮を剥く。(手をすっぱり切ってから、できるだけ生栗は剥かないようにしている)
黒豆も圧力鍋で固さを残して煮る。
炊き込むのもやっぱり圧力鍋。出勤前に十分出来上がる。
職場で食べる夜のご飯は、おにぎりにして持参。(ちょっと多めに持っていって同僚にもおすそわけ)
おかずに添えたいのはぬか漬け。
鮮やかな紫紺のなすびが、あっと言う間に色が変わるのは残念。(写真を撮っている間にも色褪せてきた・・・)

栗ごはんは飽きるということがない。いまだおいしそうな栗が売られていると、素通りできずに「今の季節だけだから」と自分に言い訳してまた買っている。
もうしばらく栗ご飯三昧は続きそう・・・。

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2007年10月 8日 (月)

シオンがいっぱい

「ばっかり食」が好きで旬のものは飽きずにそればかり食べたりするけれど、お花も一つの種類がどっさりが好き。(一輪もいいけど)
そんな性格を知ってか知らずか、シオンの花を一抱え以上もいただいた。
「どっさりあるから『シコグサ』あげるわ」と言われて、何の花かわからなかったのだけれど、シオンの別名が「鬼の醜草(オニノシコグサ)」であるらしい。

シオン
薄紫色に咲き乱れるシオンは、秋を告げる花のひとつ。(特に好きというわけではないのが残念)
さて、何とか持って帰ったものの、すっぽり生ける大きな花器はない。
二つの花器に限界まで入れ、さらには「臼」の花入れにも。

う~ん、映えない・・・。
シオンもコスモスと同じように、秋の柔らかい陽射しを浴びながら風にそよいでこそ美しい?
おまけに生け方にも、花に対する思い入れが乏しいことが歴然。
「シオンさん、ごめんなさい」ということで、せめてブログに遊びに来ていただく方にせいいっぱい咲いているシオンを見ていただくことに・・・。

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2007年10月 4日 (木)

信仰の力-「『集団自決』を心に刻んで」を読んで

金城重明さんを知ったのは、「歴史の事実は消せない 沖縄戦『集団自決』と教科書 9・29県民大会へ」という9月23日の赤旗紙の記事から。
元沖縄キリスト教短期大学長で、「集団自決」に日本軍の命令があったかどうかが争点となっている「沖縄戦『集団自決』裁判」にも証人として出廷されている方とのこと。
記事には、当時16歳の金城さんが「集団自決」の場で2歳上の兄と共に母親に手をかけ死なせ、さらに妹と弟の命も絶った、とある。
もちろんそこに至る過程も書かれている。

【子どものころからの「皇民化教育」で国のため、天皇のために忠誠を尽くすことを植えつけられていました。軍と住民は「共生共死」米軍につかまれば男は惨殺され、女は辱めを受けて殺されると教えられてきました。】

「鬼畜米英」に殺されるより自分の手でと、まず愛する家族の命を絶ち、自らも続くはずであった。
ところが、たまたまその場に駆け込んできた同世代の少年の「どうせ死ぬなら米軍に切り込んで死のう」から、結果的に金城さんは生き残ることになる。

これらの記事を、息をのむ思いで読んだ。
「狂気」の状況で、自分の手で母親や小さい弟、妹を手にかけ、消すことのできないその事実を抱えながら「狂気」から醒めてからもなお生きていく。
その重さはどれほどのものか想像もつかないくらいだけれど、金城さんは押しつぶされてしまわず生き抜いておられる。

広島における被爆で生き残った者が「自分が(幸せに)生きていることは許されない」と苦しむ姿は、「父と暮らせば」あるいは「夕凪の街、桜の国」でも見ている。
この二つの物語のヒロインに「生きよう」という力をもたらしたのは、「(人を)愛すること、そして愛されること」

比べることではないけれど、さらに「生き残った状況」が過酷である金城さんに生きる力をもたらしたものは何か?
「『集団自決』を心に刻んで」を買い求めたのはそのことへの強い関心から。

「集団自決」を心に刻んで 答えは、著書の中で明言されている。それは、キリストへの信仰だった。
たとえば77ページには【戦争の悲劇によって絶望に追い込まれていた当時の私は、キリストと出会うことによって希望が与えられ、キリストから期待されているとの発想によって、人生に新たな意味と目的とを与えられたのであります】とある。

「父と暮らせば」や「夕凪の街、桜の国」のヒロインのように、「人を愛すること、そして愛されること」が生きることを前向きにさせるのは理解できる。
でも信仰心のない私には、信仰に関してもきめ細かい記述をされているこの本を読んでも、実のところ「キリストを愛すること、そして愛されていること」がもたらすであろう力を実感することはできなかった。
それでも、「生きる」という選択をさせ支え続けた信仰というものの大きさは感じるし、生き抜いてこられた金城さんを心から祝福したいと思う。

さて、そんな不純な?動機から手にした本だけれど、全般を通してとても読みごたえがある本だった。
「集団自決」のこと、皇民化教育のこと、家永三郎氏の教科書裁判のこと、問われなかった戦争責任のこと・・・。

最終章から引用を少しだけ。
【平和は、戦争の対概念としてのみとらえるべきではなく、自然破壊や地球環境、エコロジーを含め、人間が生きて生活しているあらゆる領域の諸問題を視野に入れて考えねばなりません。したがって、平和とは、人間が共に生きる課題であるだけではなく、地球上の他の生命の保護にまでつなげてゆく、地球的・宇宙的課題をともなっているのです。「共に生きる」という概念が、平和構築には重要な視点となるわけです。】

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