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2007年10月25日 (木)

『青い鳥』

重松清氏の8つの作品による短編集『青い鳥』。
8編それぞれに、傷つき苦しみ孤立感に陥っている子どもがいる。
毎回登場するのは中学の非常勤教師である村内先生。
村内先生がすることは、ただ「たいせつなこと」を伝えて「ひとりぼっち」の子のそばに寄り添うことだけ。
村内先生は国語担当ながら、かなり重度の吃音、言葉がつっかえてうまくしゃべることができない。
各編の中心になる子どもたちはそのたどたどしい言葉から、というより存在そのものから、「大切なこと」、あるいは先生が心に寄り添ってくれていることを感じとっていく。
先生が伝えたいのは、「正しいことではなく大切なこと」

青い鳥 第4話の『青い鳥』では、親がコンビニ経営している男子中学生(野口君)が、店の商品をクラスの子にたかり続けられ自殺未遂のあと転校する。
学校がとった幾つもの「反省」手段にも関わらず、野口君がが笑って応じていたように見えたこともあってクラスの男の子たちに「いじめ」をしたという自覚は乏しい。
村内先生は言葉をつっかえさせながら言う。
「人を嫌うから、いじめになるんじゃない。人数がたくさんいるから、いじめになるんじゃない。人を踏みにじって、苦しめようと思ったり、苦しめていることに気づかずに
苦しくて叫んでいる声を聞こうとしないのがいじめなんだ。」

先生は、既に片付けられていた野口君の机と椅子を教室に戻させる。
それは「自分たちへの罰なのか?」と問う生徒に、
「(野口君が)一生忘れられないようなことをしだんだ、みんなは。じゃあ、みんながそれを忘れるのってひきょうだろう?不公平だろう?野口君を忘れちゃだめだ、野口君ににしたことを忘れちゃだめなんだ、一生。それが責任なんだ。罰があってもなくても、罪になってもならなくても自分のしたことには責任をとらなくてはだめなんだよ・・・」とやっぱりどもりながら言葉を返す。

他の作品にも、胸にストンと落ちてくる印象的なことばが散りばめられている。

おそらく、村内先生は言葉が普通にしゃべることができない生き辛さの中で「大切なこと」を見つけ出したのだろうし、同じように傷つき苦しみ孤立感にあえいでいる子どもたちに寄り添ってやりたいのだろう。
子どもたちもまた、自身の生き辛さの中で心から自分のことを思ってくれている人やその人が本気で伝えようとする思いを嗅ぎ分けられる感性を研ぎ澄ませていったのだろう。

重松清氏の著書を読むのは初めてだったけれど、他のものも読んでみたい。

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コメント

りんさん、おはようございます。重松清の作品はとても好きです。『青い鳥』はまだ読んでいませんが、早速読みたいと思います。『流星ワゴン』や『定年ゴジラ』『疾走』など、好きな作品はいろいろです。面白い資質の小説家だなって思っています。

投稿: もりゆ | 2007年10月26日 (金) 09時44分

もりゆさん、こんばんは。
そうでしたか、ファンでしたか。『青い鳥』を読まれたらぜひ感想をお聞かせください。
灰谷健次郎氏と作風が似ているかな、と感じさせる部分もあるように思います。
次は何を読むか迷っていますが、家にあるのは「きよしこ」だけなのですが、もしお薦めがあれば、教えてくださいね。

投稿: りん | 2007年10月26日 (金) 21時03分

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