« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月29日 (木)

さっそく柿を吊るす

昨日買ったあんぽ柿、おっちゃんが「良さそうなのを選んだりや」というのを受けておばちゃんが柔らかそうなもの中心にを袋に入れて下さった。
ほっとくとジュクジュクしてきそうなので、今日の仕事のシフトの合間に吊るしてしまうことにした。
自宅から自転車で10分という職場の近さがありがたい。

皮むきはおっちゃんのアドバイス通り、
・まずはヘタの角をはさみで切り落とす。(とんがっていると実を傷つけるから)
・ヘタの周りをぐるっと包丁で剥く。
・あとはピーラー利用でもいいので縦向きに剥く。

あんぽ柿 かつて山で取った柿で作ったときは、小さいし数が多いので随分手間取っていた。
こんなに大きいと剥くのも簡単だし、吊るすのもやりやすそう。
もっとたくさん欲しいところだけど、いくらおいしさは超期待!といっても、1盛4個で600円では2盛がせいぜい、といったところ。

剥いたあとはひもをくくりつけ、さっそく吊るしてみる。
ベランダは南向きなので、陰干しが必要な干し柿作りには不向き(と思い込んでいた)のだけれど、おっちゃんは「南向きでええねん、陽があたっていいんやで」と言う。
「ホンマか?」と小さな疑問もあるのだけど、とにかく吊るせるところはベランダしかないので、竿のはしにひっかける。
幸い軒は深いので、雨はまずかからない。

たった8個でちょっと寂しいけれど、曇天にもきれいな色の柿は映えている。
規則正しく並ばず、あっちこっち向いているのも自分らしい(ホントはきっちり美しく並べたいのに、できない・・・)
ぶら下げているところを娘の子にも見せてやりたいけれど、今から帰ってくる12月末まで干し続けると干からびちゃうのかな・・・?

吊るし柿 収めた画像もこれまたピンボケ、何をやってもオソマツだけれど休憩の合間の一仕事としては十分、としておこう。

あとは、「少し固くなってきたら、1つずつ軽く揉んでやると、種が実から離れて食べやすくなるよ」というアドバイスを忘れずに実行しなくては・・・。

これからは、洗濯物を干すたび日々変化していく柿たちに楽しませてもらえそう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月28日 (水)

岸根栗(がんねぐり)を買う

職場の近くに昔ながらの八百屋さんがある。品の良い年配のご夫婦が経営されていて、商品には質や産地へのこだわりが感じられる。それでいて価格設定は特に高いというわけではない。
ご夫婦との会話も楽しくて、時々立ち寄る。
久しぶりに昨日出向いてみると、何と店頭に栗(おがくず状のものが入った箱の中)!
旬の時期に飽きもせず何度も栗ご飯を楽しんでから、既に1ヶ月以上。何で今頃?
そんな疑問に即答えてくれるのも、「八百屋さん」スタイルのお店ならでは。

「知らんかった?これはな、『岸根栗(がんねぐり)』って言うて、『岸根』は山口の地名やけど、保存がきくねんで。正月用に今頃出回るんや、おいしいで~」と、おっちゃんは教えてくれる。

栗を見つけたとたんビビッと反応したのには、実は理由がある。
連日のように栗ご飯を楽しんでいたとき「(他国で暮らして既に5年になる)娘にも食べさせてやりたいなぁ~」としみじみ感じた。
その娘とその子どもが、この年末年始に帰ってくる。
あれもこれもしてやりたい、という思いはふくらみっぱなしだけれどその中でも「食べさせてやりたい」は大きな部分を占める。

そんなわけで「これで正月に栗ご飯を作ってやれる!」と歓喜したのだけれど、おいしくなければがっかりさせるかも・・・ということでまずは慎重にお試し。
とりあえず、かご一杯分を買い求め、その日に栗ご飯に仕立ててみた。

結果は上々、ということで今日は新たにかご3杯分(2キロ)を確保。
冷蔵庫保管するか、さっと圧力鍋で蒸してから剥いて冷凍するかは考え中。(おっちゃんは「冷蔵庫で大丈夫」と言うし、おばちゃんは「冷凍した方がいい」と言う・・・)

栗と柿
ついでに買っちゃったのが干し柿にする「あんぽ柿」。これは娘というより、まだ1歳の娘の子に食べさせてやりたい。できれば吊るしている風情も見せてやりたい・・・。

いやぁ、前回のエントリーに「1人ご飯作りも、また楽し」と書いたけれど、それはそうなのだけれど、やっぱり「食べさせてやろう」というワクワクするような喜びには比べるべくもない。

ところで干し柿作り、過去に何度もやったけど(こんな立派な柿を買うのではなく、山でもいだ柿で)アクで手がすべり作業にずいぶん手間取った。
そんな話をすると、おっちゃんは「そら、軍手はめなあかんわ」と少々あきれ顔。
「なんも知らん」私をほっとけないようで、ご夫婦が代わる代わるコツなどを伝授、あげくにはヘタの切り方、皮の剥き方を示す為に実際に柿をひとつ目の前で剥いて下さった。

果物や野菜はその道のプロがいるお店で、いろいろ話を聞きながら買いたい。同じように魚は魚屋で、荒物は荒物屋で・・・、というかつて当たり前だった買い物スタイルはすっかりさま変わりしてしまったから、こんなお店やお店の人とのやりとりは貴重。
とても楽しいひとときを過ごした上に、両手にはずっしりと重い立派な栗と柿。
いい買い物ができちゃった。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年11月26日 (月)

ひとりご飯作りも、また楽し。

おいしいものを食べているとシアワセ気分。
確かにそうなのだけれど、食べることそのものより「おいしい物を作れる」ことの方にシアワセを感じていることに最近気づいた。
冷蔵庫などから食材を出して、手際よく調理してイメージ通りのものが出来上がる。
このすっかり慣れきったはずの一連の手順。
(もっともたいしたものを作るわけではないけれど)おいしく感じられるものを自分で作ることができるって、何て素敵だろう!と今更ながら感じたというしだい。
家族の食べっぷりこそ喜び、に支えられていた食事作りが、「自分の為だけ」に変わってしまったことで調理意欲減退はかなり続いていた。
うれしいことにようやくこうして新たに開眼、こまめに台所に立っている。
とはいうものの・・・先に書いた(たいしたものを作るわけではない)は決して謙遜ではない。
「自分が食べたいものを食べたいだけの量を」に徹して作ると、結果的に簡単なものになることが多い。(まぁ、時間もかけたくないのだけれど)

こだわりは調理器、かな。
「そのまま食卓へ」というものを愛用している。
寒い時期にはアツアツのままいただけるのが何よりうれしい。

ベーコンポテト
オーブントースターで焼いたそのままの一品。じゃが芋、玉ねぎとベーコンのチーズ焼き。
(これは1人分にしては作りすぎ!)

豚まん
昼食代わりの豚まん、電子レンジは使わずにセイロで蒸すと味わいは格別。

石焼き
今、凝っているのが「石焼きビビンバ鍋」利用。
昨日の残りの肉じゃがも、また一味違う「肉じゃが石焼き丼」に変身。
生で落とした卵も、鍋底の方に追いやるとジリジリと焼けていくのが、またおいしい。
オムライスもこれで作ると最後まで温かさとおいしさが持続してくれる。
(「少しの量をゆっくり最後までおいしくいただける」これが私の理想)
チキンカレーなどもぜひやってみたい。
皆様も、「石焼き鍋」がお有りなら、ビビンバ以外にもぜひご活用を!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年11月22日 (木)

『風の丘を越えて-西便制-』

映画館に出向く時間がとれなくなってきて、今までほとんど利用しなかったレンタルDVDに気持ちが向きだした。
レンタルなら1週間に1度くらいは観ることができるかな。

レンタル1号(おそらく今年初めて)は、
『風の丘を越えて-西便制(ソビョンジェ)-』監督:イム・グォンテク(林権沢)
1993年 韓国

風の丘を越えて
この作品を選んだのは、時々コメントを寄せて下さるkojiさんのブログ記事から。
kojiさんのブログはテーマもいいし、とてもていねいに書かれているのでぜひ皆様にご紹介したいのですが、いずれご本人が名前にリンク設定してくださる日を待つことにしましょう。

韓国映画は『グエムル 漢江の怪物』ポン・ジュノ監督を劇場で観て以来。
(この映画もとても興味深かった)

さて、本題。
全編を通して、美しい山里の自然が惜しみなく映し出され、パンソリが響き渡る。
(朝鮮の伝統文化「パンソリ」についてはコチラのサイトがわかりやすいです。視聴もできます)

父親(ユボン)はパンソリの名手、血のつながらない娘(ソンファ)と息子(トンホ)に妥協のない厳しさで芸を仕込みながら、芸人としての旅を続けている。

前半のクライマックスと言えるのが、およそ5分はあるかと思われるほどの長回しシーン。
時おり風が土を舞い上がらせる乾いた田舎道の方へと、ゆるやかな里山の坂を下ってくる3人が、嬉々として「アリラン」を唄い踊る。(画像は下りきって、道に出たところ)
金を稼ぐ手段として見せる芸でもなく、厳しい修行の一環でもなく、ただ歌う喜びに満ちたパンソリ。
ぐいと引き込まれ飽きさせないが、演じる者にとってはさぞしんどい1カットなのだろう・・・。
(このシーンはテオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』を思い起こさせた)

ユボンは、芸は一流でもプライド高く人付き合いも下手、入りだしてきた西洋音楽にも押され商売はうまくいかない。
やがてトンホはパンソリにも父親にも見切りをつけ飛び出す。
その悲しみから唄わなくなったソンファと父との2人旅は極貧のまま続き、娘に芸を極めさせようとするユボンは、声に「恨(ハン)」を染みこませる為にソンファの視覚まで奪ってしまう。

「恨(ハン)」はこの作品のテーマともなっているのだろうけど、なかなか感覚として私には捉えきれない。
ユボンが言うには、「『恨(ハン)』とは生きることを通じて心に欝積する感情のしこりのようなもの」でパンソリには欠かせないもの、だとか。
(この映画によって、パンソリへの興味はもちろん「恨(ハン)」という感情をもっとわかりたいという欲がムクムクと湧いてきた)

父と姉、そしてパンソリを捨てたトンホは会社員として安定した生活を得ている。
2人の消息を追う旅に出て、やがてソンファを捜し当てる。
トンホの所望によりソンファは唄い、トンホは太鼓をたたきだす。
一晩中続けられるそのパンソリによって思いを重ね合わせる2人は、結局名乗りあうことさえしない・・・。

映像の美しさ、パンソリの力強さと哀切が数日経った今も余韻として残っている。
ぜひいつかは劇場で鑑賞したい作品ではあるけれど、まずはDVDといえども観る機会を得たことがうれしい。kojiさんに感謝!
(私は全く知らなかったのだけれど、90年代の公開時、日本でもかなりの観客数を動員したらしい。)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年11月17日 (土)

アフガニスタンたより-『ぶどう新聞』

久しぶりに、アフガニスタンからのたより『ぶどう新聞第11号』が届いた。
この新聞は、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた「海外災害援助市民センター(CODE)」によるプロジェクトのひとつ、アフガニスタン、シャモリ平原でのぶどう作り支援活動の報告等が載せられている。

CODE いつどのように「CODE」を知ったのか、もうすっかり忘れたけれど、ひょっこりと芽を出したデザインのロゴマークがまず気に入り、次にぶどうがページ罫線として描かれている『ぶどう新聞』のレイアウトの美しさに惹きつけられた。
読んでみれば、誠実な活動ぶりが伝わり、さらには未知の国アフガニスタンに吹きわたる乾いた風まで感じられるような巧みな文章・・・、ということで迷わず会員登録をしたといういきさつ。

ぶどう新聞は、ネット上でもpdfファイルとして見ることができるので、ぜひご覧ください!
(サイト全般の更新が滞っているようですので、新聞も新しいものはまだありませんが)

アフガニスタンといえば、マスメディアの報道、あるいは映画や書籍で知るばかり。
報道は断片的で情報としてしか伝わってこない。
鑑賞した最新の映画は『アフガン零年』、読んだ本は『カブールの燕たち』で、共に見応え読み応え十分の作品ではあったけれど、鑑賞後(読後)はしばらく暗澹たる思いから抜け出すことができなかった。
この国で焦点をあてられるのはやはりタリバンによる統治や紛争や爆破事件・・・といった負のテーマ。

一方『ぶどう新聞』の記事や画像から感じられるのは戦禍ではなく(状況はきちんと書かれているけれど)、土地に根ざし自然からの恵みによって普通に生きようとしている人々や家族、そしてその生活。
ぶどう畑も日本で見るものとはまったくイメージが異なり、「棚」もビニールハウスもないのが興味深い。
青い空のもと、乾いた大地に背の低い木に茂る緑の葉、同じく緑色に実ったぶどう、という収穫期の画像も美しい。

アフガニスタンは、紀元前1千年頃からぶどうがあったらしいので、ぶどう作りに適した地なのだろう。
タリバン政権時に焼かれたり切られたりしてしまったぶどう畑の再生の為に村人たちは自助努力に奮闘し、それをCODEのぶどうプロジェクトも支えている。
私は年に一度、会費を振り込むだけだけれど、新聞が届けられるとしばらくはこの国やそこに暮らす人たちに思いを馳せている。
ただそれだけで「つながり」と言えるほどのものはないのだけれど、それでもこれが自分なりのアフガニスタンという国に暮らす人たちとのつながりに思えて、「大切にしたいなぁ」と感じている。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2007年11月13日 (火)

今年もチョコがけシュトーレン

まだ巷にクリスマスソングは聞こえてこないけれど、本場ドイツから早々とシュトーレンが届いた。
彼の地ではクリスマスの日がやってくるのを心待ちしながら、毎日一切れずつ食べるという慣わしがあるらしい。
乾燥フルーツやナッツがたっぷり入ったケーキ(お菓子)、というよりパン、かな。
なだらかな丘陵のようなかたまりが、真っ白な砂糖で覆われている。
(誕生したキリストが白い布で包まれている姿を表しているという説もあるとか・・・)
*添えた絵はそれとは違うタイプ。

『水彩』ガ画像 私はこのシュトーレンが大好き。コーヒーや紅茶はもちろん、ワインでもおいしい。
毎年、複数の店で購入する。素材も製法も違うのだろう、味の幅は広い。
お気に入りは、近隣にある洋菓子屋のパン風で甘みをおさえたものと九州から通販で取り寄せるかなり甘い洋菓子風のもの。
各種の食べ比べができたのは、以前に洋菓子屋で働いていたおかげ。
通販部に所属し企画にも関わっていたので、他社の商品の研究を必要とした。
商品自体はもちろん、受注方法や接客態度、梱包の仕方や添付書類・・・、参考にさせてもらおうということで人気の店をピックアップしては(シュトーレンによらず)購入していた。(もちろん社の経費)

真っ白なシュトーレンはいかにも美しくクリスマスには欠かせないけれど、数年前からはチョコレートですっぽり固められたタイプも大きな楽しみとなっている。
これは、ドイツ在住となった娘からの定期便。
幅13センチ、長さ28センチ、高さ7センチと特大サイズ。
チョコがけだけに、こってりと甘いし、生地やフルーツにも少しクセを感じるので私の好みではないはずなのに・・・、なぜかこの時期になると無性に食べたくなる。
さらには来客があると、日本ではまず食べられないものなので必ずお茶に添える。
シュトーレンそのものも好き嫌いはけっこう分かれるが、「好き」な人には喜ばれている。苦手な人はチョコがけといえどもやはりダメなよう。
ブログに寄っていただいた方に、お味見していただけないのはとても残念。
写真とパソコンソフト『水彩』で描いてみたイメージだけのお届けで、ゴメンナサイ。
*写真のチョコは茶色っぽいけど、実際は絵の方に近いビターな色(と味)
クリスマスの足音にはちょっと早かったかな・・・?
チョコがけシュトーレン

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年11月11日 (日)

「年賀状」に追われる

「年賀状」に追われている、と書けば「えっ、早いんじゃない?」と言われそう。
その通りで、自分自身の年賀状はまだ買ってもいないし、2008年用のデザインも考えていない。
追われているのは、この時期に発生する「ハガキ作成」コースのインストラクションの為の勉強。
自分ではハガキ作成ソフトは表面の印刷くらいにしか利用してこなかったので、ほとんど未知の領域。
しかも代表的なソフトだけでも、「筆まめ」「筆ぐるめ」「筆王」と3種ある上に、それぞれにバージョンが複数存在する。
教える側にとっては、生徒さんの要望に応じたソフトとそのバージョンの徹底的な理解が必要ということになる。

パソコンのインストラクションという職業に就いて約8か月。
自分がそのソフトを「使える」ことと「教える」こととは、要求される質と量がまったく異なることを思い知らされている。
ましてやほとんど使っていなかったハガキ作成ソフトなら、そのどれについても徹底検証をしておきたい。
実は、このような考え方は経営者や他のインストラクターとは少し違っている。
職場では「ハガキ作成ソフトはそもそも簡単な操作で扱えるようにできているし、どれも似たようなもの。その場の対応で何とかなる」というのが主流。
でも、私はそれがイヤ。
どんな簡単なソフトでも一通りの理解はもちろん、できる限りの質問を想定して、常にプロらしい対応ができる備えをしていたい。
(それに・・・、年と共に反射的な対応力が衰えてきているし・・・)

入社当時は、どんどんいろいろなコースに入らせようとした経営者側と、そのコースの学習が済むまではインストラクションに入るのを拒んだ私との間に衝突、あるいは話し合いが数回あった。
今では、経営者は私のやり方やペースに理解を示してくれているけれど、ハガキ作成ソフトにおいては、「待ったなし」であることは十分承知。
生徒さんが2008年用の年賀状作成に間に合わなければ意味がない。

というわけで帰宅後も家事は最低限にして、マイパソコンに3種のハガキ作成ソフトを入れてあれこれと操作確認をやっている。(といってもそんなに時間がないので焦り・・・)

さて、皆様はどのような年賀状を送られるのでしょうか。
私は、ネット上のグリーティングカードも利用していますが、パソコン環境がない友人もたくさんいるのでやはり年賀状は欠かせません。

今年は、手描きとまではいかなくても、パソコンの水彩ソフトで絵が添えられたらなぁ~と考えています。やはり裏面にハガキ作成ソフトを使うことは無さそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 6日 (火)

デッサン講座、3回目

円柱、球、と描いてきた週に一度の短期デッサン講座。先生が中国で個展をされた関係で2週とんでいたが、今日が3回目。
レッスン日だけではなく、日常でも少しでも鉛筆をもつ時間を持ちたいと思いつつなかなか叶わない。
たっぷりとした時間、そして何よりたっぷりとした吸収力が自身にあった若い頃になぜもっとあれこれしておかなかったのか・・・との後悔もあるけれど、まずは今の年齢になっても新しいことを始めることができる幸せに感謝しなくてはね。

ということで、レッスン中は先生からのアドバイスをむさぼるようにして聞き、あとはひたすら対象物の形、光と影に集中。
鉛筆をどう動かせばイメージ通りの線と形になるのかは、いまだちっともわからないけれど90分後、紙の上に残ったのは画像のもの。
蕪
時間切れで形や陰影の描写も途中、影もまだまったく描けていない。
蕪の実や、茎、葉の質感も出ていないし、茎の折れ目の描き方も拙い・・・、とできていないところを上げるときりがないけれど、不思議にちっとも気にならない。
それはおそらく「描く」という行為自体が、うれしくてしかたないからだろう。

「何かの為に」という目的がある行為や行動がほとんどの日常にあって、ただ無心に「描く」ことにだけ没頭する時間にはぞくぞくするほどの喜びがある。

とはいえもう少し「描く」ことがわかってくれば、描写に関する欲や完成度への不満などに振り回されることになることだろう。
(そうなれば、今のように無防備?にブログ上にヘタな絵をさらすこともしないのかな?)
自分の意思とは関係なしに遅かれ早かれその状態はやってくるだろうし、それもまた必要なことなのだろう。
でももうちょっと、ビギナーならではの今の心地よさを満喫していたいな。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年11月 4日 (日)

秋晴れ、吉野川マラソン

きょうは、2か月ほど前に申し込んだ奈良県の吉野川沿いを走るマラソン開催日。
この日までに多少なりともトレーニングを積んでおく、あるいは今5キロを走り通せる体力があるかどうかを見極めておく・・・はずだった。
ところが現実は、トレーニングを一日延ばしにしたあげく、この1週間は仕事がらみでメチャクチャ忙しくて、結局何もしていないという状況。
前夜はもちろん、今朝になっても「やめておこう、いや、途中から歩いてでもいいからやってみよう、いややっぱり・・・」と気持ちが定まらない。

休みは取ってあるし、夫はハーフの部に参加が決まっているので取りあえずは車に同乗して出発。
会場の駐車場に着くと、夫はバックから見覚えのある小さな箱を取り出した。
中に入っているものは、ドイツ在住の娘が夫に贈ったシルバーのクロス。
夫はとても大切にして、しまい込んでいた。
それを「これが守ってくれるから大丈夫」と言いながら首にかけてくれた。
そのとたん今までの逡巡がスーと消え、「大丈夫、私はきっと走ることができるだろう」と感じられたのだから人の心(と身体)は不思議。

立ち仕事ながら身体はほとんど使わず、ここ1年半以上くらいまともにジョギングさえしていない。
それでもマイペース(呼吸が乱れない程度のゆっくりとした走り)を守りさえすれば、何とか鍛えられていない足腰でも5キロくらいは耐えてくれるだろう。

不安も気負いもない穏やかさのまま待ち、合図と共にスタート。
遠くも近くも視線の先には深い色合いの木々、川沿いのコースに出れば、下方に緑の水を湛えた光る川面、小鳥のさえずり、火照る頬と身体にやさしいひんやりとした風・・・。
さらには、道路の真ん中を走る小気味よさ。
そして沿道に立つ地元の人たちの応援・・・。
9の会  特にうれしかったのが、目ざとくウエアに気付かれた「9の会ランナーズ」の仲間?に声をかけていただいたこと。
その方は、1キロくらいの地点の沿道に座り込んで、皆に声援を送っておられた。
前を通ると「『9の会』の人、がんばって!私もきょうそのウエア着たかったわ~」と大きな声で励まして下さった。
もちろんお顔も名前も知らない方だけど「9条」への思いでつながっているのだ。
(「9の会ランナーズ」に所属しているものの、どなたともお会いしたこともないし、1年以上も前に購入したウエアを着用したのも今日が初めて)
折り返した復路でもまだおられて「『9の会』の人、ありがとう!」とまた声をかけてくださった。
残り1キロでかなり身体もへばっていたところに、元気をいっぱいいただいた。
結局2.5キロの往復は、最初の確信にたがわず一度も立ち止まることなく小さなアップダウンの繰り返しにもペースは乱れず気持ちよく完走。

小さな町に「走る」為に集ってくる2000人近い老若男女、応援する家族たち。
「平和な国」に住むことの幸せ、さわやかな秋晴れの恵みはもちろん、さまざまな場面で「ありがとう」の思いが湧きあがった今日の一日。
ありがとう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »