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2008年8月29日 (金)

『ベルリン終戦日記』

8月はテレビ番組や新聞の書評欄に戦争関連のものが多い。
そのこともあって、今月はテレビ視聴や読書時間が長かったように思う。
特にNHKによるドラマ(広島放送局開局80周年ドラマ『帽子』)やドキュメンタリーなど秀作揃いで、見始めるとぐいぐい引き込まれてしまっている。
書籍も、字が大きく平明な文体の読みやすいもの中心に幾冊か読み終えた。

ベルリン終戦日記 『ベルリン終戦日記』(著者は匿名)はその内の1冊。
ベルリンに住んでいた34歳の女性ジャーナリストの手による、ベルリン陥落前後の1945年4月20日から6月22日までの日記。
過去を振り返っての記録ではなく、「その時代、その場」に生きた人がリアルタイムに書き綴ったもの。秀でた文章力により情景は生々しいまでに伝わる。
爆撃、破壊、占領、略奪、陵辱・・・。

1960年にドイツで出版された際、「レイプと生き延びるための性的協力」が描かれていることなどにより、相当の物議をかもし出したらしい。
著者が亡くなったことでようやく再版になったとのこと。

衣食住、さらには安全さえ常に危機にさらされ続けている状況でよくぞここまで書き記したものだ、と感嘆するが、むしろ書くことによって精神のバランスを保っていたのかもしれない。
著者自身ももちろん性暴力から逃れることはできなかったし、「犠牲者」の視点で書かれたものではあるが、決して被害者意識にとどまったものではない。
深い教養(ロシア語もある程度理解した)と優れた観察眼、偏りなく開かれた心での分析、巧みな表現力で、戦争、ナチ、ロシア人、ドイツ人、男と男社会、レイプ・・・といったものの本質を克明に晒していく。

先へ進むのが楽しみといった内容ではなく、読み続けるのは辛いし、読み終えてもザラザラとしたものも残る。
『アンネの日記』のように遺されたものではなく、著者は90歳まで生きられた、ということを救いとして、この赤裸々な記録を読ませていただいた。
もっとも著者自身は、「生きていたことが、よかったのかどうか」の思いを終生持ち続けられたらしい。

もし自分がこの状況下にあれば、生きることを放棄しているかもしれない・・・。
強靭に生き抜き、貴重な記録を残してくれた著者に賛辞と感謝をおくりたい。

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2008年8月21日 (木)

『海に沈んだ対馬丸』

岩波ジュニア新書『海に沈んだ対馬丸』を読んだ。
平和・反戦への強い思いが感じられる早乙女勝元さんの名前や作品には数十年前からなじみがある。ブログにエントリしたこともあった。
この本はその早乙女勝元さんのお嬢さんの著書。
「へぇ~、娘さんが書かれたんだ」という興味から読んでみたのだけれど、とても読み応えのある作品だった。

海に沈んだ対馬丸 1944年8月22日夜、沖縄那覇港を発ち九州に向かった疎開船「対馬丸」はアメリカの潜水艦により撃沈され、775名の学童を含む1418名が亡くなっている。
知っていたつもりのその「対馬丸の遭難」に関して、全く知らなかったも同然だったことを思い至らされた。

著者はまえがきで語りかける。
「対馬丸は客船ではなく貨物船だったということを、まず知ってほしい。貨物船は人を乗せるのではなく、物を載せる船だということも

物資を運んで、人々に届けるはずの貨物船に、昔、大勢の子どもたちが乗りこんで、海をわたろうとして、遭難した。
彼らはどこへ行こうとしていたのだろうか。そしてなぜ沈んだのだろうか。」

続いて、対馬丸からの数少ない生還者の内の7人が語る本編へ入っていく。
当時17歳であった乗組員、19歳の引率教師、そして学童たちの具体的な体験とそれを綴る著者の視点は、「戦争とは」を深く多角的に考えさせる。

ジュニアはもちろん大人にもぜひ読んで欲しい。

アッパレな本を沖縄在住の早乙女愛さんは作り上げたと賞賛の思いがあるが、それにも増しての拍手を贈りたいのは、親から子への実にアッパレな継承。

反戦・平和への希求。
それを実体験に裏づけされた父・母世代から確実に受け継いでいかなければいけないとの自覚はあるが、さらにそれを子に伝えられたかについては自信がない。
見事、早乙女勝元さん(と奥様)は成し遂げられたよう。
すごいなぁ~。

もはや大きくなり日常的には生活空間を共にすることもなくなった私の子どもたち。
心に「平和の大切さ」は刻まれていると信じたいが・・・。

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2008年8月16日 (土)

広島を訪れる

ブログの更新もいつも以上に怠ってしまった。
身の回りに思いがけないことが起きて、しばらくの間自分を追い込んでしまっていた。
ようやく前向きの考えを取り戻し、「一人ではない」ことにも気づいた。
いつのときも家族が、友人が自分を支えてくれている。
心を閉じてしまうことさえしなければ、きっと大丈夫!

と、ブツブツと独り言の前置きをしておいて、まずはもう幾日も経ってしまったことのエントリーから。

Hirosima 先週末に広島に行った。仕事を終えてからの出立で到着はすっかり夜。
橋から見える川べりのようすは、幾度も読んだ『はだしのゲン』に描き込まれた情景を思い起こさせることにちょっと驚き。
町はすっかり高層ビルが立ち並んでいるけれど、川は当時の面影を残しているのだろう。

今回の第一目的は広島市現代美術館で開催されている 石内都写真展「ひろしま Strings of Time」
3週間ほど前?新聞の書評で写真集『ひろしま』のことを知ってからとても気になっていた。

■広島市現代美術館の公式サイトより
石内都は1970年代後半から写真を撮り始め、1979年『アパートメント』で木村伊兵衛賞を受賞、その後、写真集の刊行、国内外の美術館やギャラリーでの展覧会など、精力的な活動を続けています。また、2005年のヴェネチア・ビエンナーレでは日本代表として個展を開催するなど、現代日本を代表する写真家です。
 これまで身体に刻まれた「傷」を撮り続けてきた彼女が、人類の「傷」ともいうべき、広島の被爆の史実にカメラを向けたシリーズが「ひろしま」です。このシリーズでは、広島平和祈念資料館所蔵の被爆資料、被爆者遺品といった資料が被写体ニなっています。石内は、被爆の実相に彼女ならではの手法で向き合い、広島に生きた人々の輝ける生の様を伝えるべく、傷つきながらもなお美しさをとどめる衣類や装飾品などを被写体に選び、正面からこれを撮り収めます。石内によるこの作業は、「被爆に関する資料」という意味に留め置かれてきた物の意味を解きほぐし、現代を生きる女性表現者の視点からヒロシマを見つめ直す試みということができるでしょう。これらの作品は今春、写真集『ひろしま』として発表され、大きな話題を呼んでいます。
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ホテルで宿をとった翌朝は路面電車で広島市現代美術館へ向かう。
連日の大阪と同様、空はまっさおで陽射しは強い。
駅から美術館への上り坂500mは、木陰がほとんどなのに汗がしたたる。

館内はもちろん空調で快適、しかも自然光がかなり入ってきて明るい。
その柔らかい光を受けて展示されているのは、原形をとどめず焼けあともある衣装などを対象とした大小40点の写真。
薄物は「ライトボックス」で下から照らして撮影しているとのこと。
繊維や紋様、デザイン、そして手縫い、繕いの糸目・・・、衣装たちは目を見張るほどに美しい。
そして、その時代に生きた女性たちの確かな証を浮かび上がらせる。

原爆投下直後に残されたものすべてを、私はどうやらすべて「暗黒」のイメージで塗りつぶしていたよう。
戦争末期でも女性たちは美しいドレスを愛し、身にまとった。
その衣装たちは着る者を失っても尚63年間もひっそりと眠り続け、そして今、石内によって鮮やかに蘇り観るものに深い思いを抱かせている・・・。

写真展は既に終了してしまったけれど、写真集『ひろしま』で作品たちに出会うことができます。
もし機会がありましたら、ぜひ皆様方もご覧下さいませ。きっと惹きこまれちゃいますヨ。

さて、現代美術館を出てからは、やはり平和記念資料館へ。20年ぶりくらい。
8月10日という日程、しかも日曜日であった為か、館内は老若男女でいっぱい。
若いカップルや小さい子を連れた若い親がたくさんいることにちょっと驚き。

館内を一通り回ったあとに、「被爆証言講話会」会場へ。
14歳のときに被爆された方のお話を聴く。これは初めての体験。
非戦、平和への強い思いが伝わる
次の世代としてその思いを継承していくことに心もとなさも覚えるが、この会場にも若い世代がたくさん席を占めていることが心強い。

映画『ヒロシマ ナガサキ』を観たとき、新宿で若者に「1945年8月6日に何があったか?」をインタビューするシーンがあり、「知らない」という答えばかりであることに暗澹としたことを覚えているが、それはどうやら一面でしかなかったらしい。

人垣で20数年前のようにはじっくりと展示物を見ることはできなかったけれど、
「○○(彼の名前)のおじいちゃんて、どれくらいのところで被爆したの?」
「うん、2キロくらいのところらしい」
といった若いカップルの会話や子どもたちにあれやこれやと説明する親たちの声が、とてもうれしく感じられた。
Dome

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2008年8月 7日 (木)

『闇の子供たち』を鑑賞する

原作を読んだときは、テーマの重さと描写のリアルさにたじろいだ。
特に児童買春に関わる生々しい描写では吐き気まで起きた。

登場するタイの子ども達は、「客観的な立場で読む」だけでも相当な覚悟を必要とする現実の真っ只中に生きている。
その状況と背景、そして子ども達そのものを映像としてどのように描き出しているのか?
阪本順治監督の映画を観たことがないこともあって、作品イメージが全くつかめないまま映画館へ足を運んだ。

脚本も阪本順治監督。
原作に基づきながらも独特の脚色が加えてある。
特に「闇」を追う日本人新聞記者、南部(映画では江口洋介が演じる)の描き方が大きく異なる。
映画では記者自身を「児童性愛者」の立場とした。
(これは完全なネタ明かしです。まだご覧になっていない方、ゴメンナサイ)
その為に、この映画は原作とはまったくベツモノとなってしまった(ように私は感じた)。

ホモセクシュアルとは異なり、「児童性愛」というのは一方的なもので、児童にとっては人権侵害や虐待となる。
(もっとも私はこの「児童性愛」自体が未だよくわからないし、実際にそんな行為ができる大人が存在していることも信じられずにいる。)

子どもが虐げられるその行為は、言い訳などみじんも許されないだろうに、南部自身の葛藤とその結末が描かれていることが「大人側の言い訳」に感じられてしまう。

原作ではタイの児童売買の実態は「よその国のこと」ではなく、私たち一人ひとりにも関わりのあることだと十分理解できる。
時間も限られた映像という手法において、その脚色は「身近な問題」と位置づける効果をねらったものだろうけれど私には受け入れにくいものだった。

それでも難しいテーマに取り組んだ監督の意気込みは賞賛に値するだろうし、性的虐待など子どもが演じなければいけない場面の演出などもよく配慮がなされていると思う。
「微笑みの国、タイ」という観光地のイメージだけであったものが、この映画によって違う側面を知るという人も多いことだろう。
できるなら映画鑑賞後でも前でも、ぜひ原作も読まれることをお薦めしたい。
但し、原作の(特に前半)赤裸々な描写は読み続けるのがかなり辛い。
(映画でも目をそむけた箇所は数回あった。)

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2008年8月 1日 (金)

残りご飯で焼きおにぎり

週始めの大荒れ天気以降、少しは涼しくなっていたのが今日あたりから元どおり。
ホンマに暑い!

この暑さでは、おいしく食事をいただき元気に過ごすことができれば感謝。
それ以上は欲張らないことにしている。

そんなわけできょうは「焼きおにぎり」のご紹介。
香ばしさが食欲をそそります。
炊飯器での長時間保温が嫌いな私は、ご飯は1食分ずつ炊き、残れば冷凍にするけれど、時には残りご飯を焼きおにぎりにする。(わざと多めに炊いて作ることも)
焼きおにぎり
画像のものはみそ味。みそ和えはしょっちゅう作るので、その余り味噌を塗った。
(香の物は、新生姜の甘酢漬けキューちゃん漬け、そして胡瓜の浅漬け)

作り方、というほどのものはなくて、普通に作ったおにぎりをオーブントースターで焼くだけ。
くっつかないように、まずはトースターを十分空焼き。
おにぎりを入れてからもしばらくはそのまま焼いて表面を少しカリッとさせておく。
それから刷毛で醤油または味噌を塗ってさらに焼く。
しばらくして裏返し、もうひとつの面にも塗り、また焼く。
これだけのこと。
焼き加減はお好み。じっくり焼いたのが好みであれば重ね塗りをしてもおいしい。

子どもたちが小さい時は、晩ににぎっておいて、朝食はこんがりとした焼きおにぎりにしたこともしばしばあった。
パクパクとよく食べてくれたっけ。

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