半年くらい前に、レンタルビデオで『日本の黒い夏 冤罪』熊井啓督を観た。
1994年6月に起きた“松本サリン事件”を題材にしたもの。
その映画のワンシーン。
サリンガスでけいれん状態になった妻澄子さん。
自身も意識がかすれていく中で、河野義行さんは「澄子とならこのまま一緒に死んでもいい」(正確な表現は忘れた)と感じている・・・。
冤罪が、警察とメディア、そして"世間"によってつくられていく過程も興味深かったけれど、何より印象に残ったのはこの部分。
妻となら死んでもいい、という夫婦のあり方
さらに、突然に妻が倒れ、自分にも襲い掛かった重大な症状、その切羽詰った状況にあって、「なぜこうなった?」「これからどうなる?」ではなく、ただ現在だけを見つめる潔さ。
その河野義行さんの新著『命あるかぎり』を読んだ。
そしてこの人なら、「澄子とならこのまま一緒に死んでもいい」の思いは事実だろうと確信した。
河野さんは、「もし、母さんと君たちが乗っているボートがひっくり返ったとしても、お父さんは母さんを1番最初に助けるから」と子どもたちに話していたという。
子どもたちへの愛情が薄いのではなく、親の役割は「子どもを独り立ちさせ、社会に送り出すこと」、あくまで家族の母体は夫婦、という考え方によるもの。
もちろん、澄子さんへの信頼と愛情は深い。
また、自分の性格も楽天的と評価されている。
「心配しても始まらない。すべきことに全力を傾け、結果は天に委ねてしまう。」を通してこられたという。
モノに対する考え方も潔い。
「将来のためにという思いで必死に働いて、食べるものも、着るものも我慢して建てた家、あるいは貯めた貯金。そういうものも死んだら、あの世にはもっていけない。そう考えると、家も土地もお金やさまざまなモノは、みんな所有しているのではなく、生きている間だけ使わせてもらっている。」
河野さんは"松本サリン事件"の前もあとも、いつ終わりが訪れるかわからない人生のどの瞬間も愛しみ、自分にとって大切なもの(1番は家族)を最優先に考え、物欲に囚われず今やりたいこと、しなければいけないことに徹してこられた。
このような河野さんならば、突然訪れた終わりの(と思われた)時が、「最愛の妻とならそれも良し」だったのだろう。
そしてまた著書にもあるように、
「私は、麻原被告も、オウム真理教の実行犯の人たちも、恨んでいない。恨むなどという無駄なエネルギーをつかって、限りある自分の人生を無意味にしたくないのである。」
を貫くことができるのだろう。
澄子さんは14年間もの闘病後亡くなられてしまったけれど、被害に合われるまではもちろん、その後も義行さん(と子どもさんたち)と過ごされた日々は幸せではなかったろうか、と読後は感じられた。
それでも、「でもこんな事件に巻き込まれなかったらもっと幸せだったろう・・・」とチラと考えてしまうところが「河野さん」になれない所以。
今回は主に「澄子とならこのまま一緒に死んでもいい」にこだわった取り上げ方をしたけれど、もちろん冤罪やマスコミ報道などについても、とても示唆に富んだものとなっている。機会があればぜひ一読を。
「いろいろな人がいるなぁ」とまた河野さんのあっぱれな生き方にも感心した。
自分は自分の生き方を見失わずまた否定せず、少しずつでも膨らませながら命あるかぎり日々を愛しんでいきたい、と思う。
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