非日常の23日間
自分の時と空間がようやく戻ってきた。そこには幼子の愛らしい笑顔も、娘のりりしい母親姿も、もうないけれど・・・。
昨年末、ドイツから娘とその子がやってきた。
「オーマ、オーマ」となついてくれるもうすぐ3歳になる利発な子、
日本の文化と食に飢えたような娘。
時間のある限り気長く幼子と遊び、思いつく限りの日本食を食卓にあげ、遅くまで母娘の会話を楽しむ日々は、喜びと活気に満ちたものではあったけれど、ひとりの時間がもてない息苦しさもどこかにあった。
読んだり、考えたり、書いたりする時間を全く取れずにいた。
昨日予定通り、まだまだ日本での暮らしに未練を残している様子の娘と子を関空まで送っていった。
今日の未明(ドイツ時間では昨日夕方か)、無事帰宅したとのメール報告を受け取り、まずはやれやれというところ。
メインパソコンを置いたデスクの前には、広河隆一監修の写真誌『Days Japan』から送られてきたパレスチナの子どもたちの写真が貼られている。
1年ぶりでやってきた娘はそれを見るなり「これは誰?なんで、Jxx(娘の子の名前)の写真と違うの?」と聞いた。
娘とその子の安定した暮らしぶりは親にとって何よりの安心。
そして年末年始には、幾組かの親族(主に娘の従弟たち)と交流した。
娘のところ同様、どこも若き良きパパ、良きママが子を慈しんで実にあったかい家庭を築いていた。
物心共に満ち足りたそのようすは、まぶしささえ感じる。
だけど、同じようにかわいい子どもたちがガザでは今この瞬間にも無残な目にあっているのだ、ということは心の隅から離れない。
滞在中にも、Jxxの素敵な表情の写真がいっぱい(娘の強い希望があり「子ども写真館」で着物姿も撮った)になったのに、相変わらずデスク前の写真を変えようとしない私に「どうしてパレスチナの子なの?」とまたもや娘はいぶかしがった。
夫は、「そうやなぁ、Jxxの写真に変えてもいいな。でも、まだ今はあかんよ。パレスチナでは今こんな子たちがいっぱい殺されているのだから」と娘に話した。
さて、娘はこの言葉をどう受け止めたろうか?
とにもかくにも夫と暮らす私の日常が帰ってきた。
ネットもブログもそろそろと再開。
ブログをご訪問いただく皆様には、年末も年始もご挨拶できませんでしたが、遅ればせながら2009年もどうぞよろしくお願いします。
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