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2009年1月26日 (月)

大人も子どもも本を読みましょう!

年末から始まったガザでの惨状、そして身近にも感じられる経済不安は、「晴れ」の日であるお正月でさえ心のどこかに暗雲がかかっていた。
何ができる?何をどう考えればいい?と心騒ぐときに、セルビアで開催された国際図書展での、池澤夏樹さんによる開会スピーチを新聞で読んだ。

【世界は恐慌です。経済的には破滅です。だから本を読みましょう。人は困ったとき、つらいとき、迷った時に本に戻るものです。お金は手の中で消えていくけど、本の中の知恵は消えません。金融資本は人間の顔を持たないが、文学には人間の顔がある。もう一度そこに戻って、静かに座って本を読みましょう】

これがすっきり腑に落ちて、「2009年はできるだけじっくり本を読もう」と考えている。
これも本好きであればこそ。
(といっても1月も終わろうとしているのに、まだ一冊も読んでいないけど・・・。)

私の子どもたちもみな本好きであるが、ごく小さい時からどんなに忙しくても絵本を読むことを欠かさなかったこともその一因になっていると思う。

娘もまた子どもに本を読むことを心がけているようで、帰ってきたとき、近くの図書館から紙芝居を借りてきていた。
紙芝居というのは日本独特の文化らしい。
ドイツで育っている幼子が初めて紙芝居を見るという、特筆すべき日の演者は幸運なことに私だった。
少し距離をおいて対面で座る、というスタイルも初めてなのだけど、めくるごとに画面が展開していく『桃太郎』に驚くくらい集中していた。
感情を込めて紙芝居を読みながら「この子も本好きに育つな」と密かに私はほくそえんだ・・・。

紙芝居舞台 ただひとつの不満は紙芝居に舞台(枠)がなかったこと。舞台も図書館で借りることができるのだが、娘は省略したよう。
紙芝居の舞台というのは、物語の世界に入り込み集中させることに大いに寄与する。できるなら舞台有りで見せたい。

というわけで1月の娘の子の誕生日には、紙芝居と超軽量舞台を送ってやることにしている。
(舞台をまだ入荷待ちしている間に誕生日は過ぎてしまったが)

さて私の方は何から読み始めようか。
さぁ、大人も子どもも静かに座って本を読みましょう!

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2009年1月21日 (水)

「食」から年末年始を振り返る

年末27日に娘と子がやってきたが、一日遅れで末っ子若夫婦も帰ってきた。
久しぶりに大家族の年末年始。
家じゅう若い活気にあふれ、その空気になじまない己の老いを少々感じる反面、はつらつとしたものが身近にある心地よさも満喫した。

日本食を恋しがる娘のため食事作りには力を入れた日々であったが、幼い子にせかされたり自分に余裕がなかったりで、画像に収めたものが少ない。
今後の参考に、せめて写真を撮っておこうという計画が果たせなかったのはとても残念。

末っ子たちが来た28日は、あいにく私は仕事で帰りが遅くなる予定だった。その為、メニュー選びから買い物まで、その日の夕食作りは末っ子に任せていた。
7時過ぎに帰宅すると、まだ準備半ば。
餃子を作るとのこと。
この日は、そもそも私はあてにされていなかったので写真が撮れた。
味は???だけど、ワイワイがやがやと作る楽しさ、食べるだいごみは味を補ってなお余りあることを実感。
餃子作り

翌日は毎年恒例のもちつき。お鏡を始め、白餅、あんこ餅、豆餅を5升分餅つき機で作る。
餅つき

娘の子ももちろん参加。
豆もち
大勢ですると、必ず誰かがこんなものを作りだす・・・。
鼻の形の餡子もち
 
合間に年越し蕎麦に入れる大きな揚げを調理
そば用あげ
老夫婦でお正月を迎える夫の実家にも、小さなおせちを用意。
(黒豆も赤豆も実家の畑で作られたもの)
小さなおせち
元旦のお雑煮はすまし。(これには欠かせないゆずが画像に写っていない。あとで入れたのかな?)
翌2日は白みそ仕立てのあんこ餅雑煮。
岡山生まれの末っ子のパートナーもすっかり気に入り、おかわりをしてくれた。(画像なし)
すまし雑煮
「にらみ鯛」も日がたてば鯛めしに・・・。
鯛めし
肉じゃがはおだしと共にいただくのが我が家風。
まずは丸ごとのじゃがいもとの薄切り玉ねぎをいっぱい、薄味のだしで芋が9分通り柔らかくなるまで煮る。それから糸こんにゃくや麩、お肉を入れ、お肉の上に砂糖、醤油を加え仕上げる。
鍋ごとドーンと出せるように(いつまでもあったかいし)土鍋で調理。
肉じゃが
節分にはちょっと早いけど、巻きずし。具がたっぷりで食べにくいのも何のその、小さい子もかぶりついて平らげてくれた。
巻きずし
日本食にこだわる娘も気に入ってくれたポテトグラタン。
ポテトグラタン
おいしそうに食べてくれる子がいるからこそ作る意欲もわく手作りおやつ。
といっても寒天仕立てでとても簡単なもの。
ゼリー

さて、娘も息子も去った今は冷蔵庫もガラガラ。
あっさりとしたものをちょぴりだけ作る張り合いのない食生活に戻っちゃった・・・。

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2009年1月19日 (月)

非日常の23日間

自分の時と空間がようやく戻ってきた。そこには幼子の愛らしい笑顔も、娘のりりしい母親姿も、もうないけれど・・・。

昨年末、ドイツから娘とその子がやってきた。
「オーマ、オーマ」となついてくれるもうすぐ3歳になる利発な子、
日本の文化と食に飢えたような娘。
時間のある限り気長く幼子と遊び、思いつく限りの日本食を食卓にあげ、遅くまで母娘の会話を楽しむ日々は、喜びと活気に満ちたものではあったけれど、ひとりの時間がもてない息苦しさもどこかにあった。
読んだり、考えたり、書いたりする時間を全く取れずにいた。

昨日予定通り、まだまだ日本での暮らしに未練を残している様子の娘と子を関空まで送っていった。
今日の未明(ドイツ時間では昨日夕方か)、無事帰宅したとのメール報告を受け取り、まずはやれやれというところ。

メインパソコンを置いたデスクの前には、広河隆一監修の写真誌『Days Japan』から送られてきたパレスチナの子どもたちの写真が貼られている。
1年ぶりでやってきた娘はそれを見るなり「これは誰?なんで、Jxx(娘の子の名前)の写真と違うの?」と聞いた。

娘とその子の安定した暮らしぶりは親にとって何よりの安心。
そして年末年始には、幾組かの親族(主に娘の従弟たち)と交流した。
娘のところ同様、どこも若き良きパパ、良きママが子を慈しんで実にあったかい家庭を築いていた。
物心共に満ち足りたそのようすは、まぶしささえ感じる。

だけど、同じようにかわいい子どもたちがガザでは今この瞬間にも無残な目にあっているのだ、ということは心の隅から離れない。

滞在中にも、Jxxの素敵な表情の写真がいっぱい(娘の強い希望があり「子ども写真館」で着物姿も撮った)になったのに、相変わらずデスク前の写真を変えようとしない私に「どうしてパレスチナの子なの?」とまたもや娘はいぶかしがった。

夫は、「そうやなぁ、Jxxの写真に変えてもいいな。でも、まだ今はあかんよ。パレスチナでは今こんな子たちがいっぱい殺されているのだから」と娘に話した。
さて、娘はこの言葉をどう受け止めたろうか?

とにもかくにも夫と暮らす私の日常が帰ってきた。
ネットもブログもそろそろと再開。
ブログをご訪問いただく皆様には、年末も年始もご挨拶できませんでしたが、遅ればせながら2009年もどうぞよろしくお願いします。

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