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2010年2月25日 (木)

やっと、お雛様に屏風をプレゼント

我が家には大切なお雛様が2組ある。
ひとつは亡くなった父が私の娘の為に買ってくれたもの。
父とは血のつながりは無く、小さいときから複雑な感情があった。
今となっては、私や子どもたちに対する慈しみを心から感謝している。
しまい込んでいるお雛様を「今年も出そう」と思わせるものは、父への思慕が一番強いのかもしれない。

こちらがもう1組のお雛様。(去年まで屏風はなかった)
お雛様
友人のお母様が大切にされていたものを譲られた。
私もお世話になったそのお母様は、ずっと以前にご病気により亡くなられている。まだ60代の若さだった。
愛らしいお雛様を箱からだしてやるたび、お母様の面影やその無念さ、母親っ子だった友人の埋められることの無い寂しさ・・・など想う。

数年前、いつものように飾っているとき、突然「お雛様が屏風を欲しがっている」と感じた。
すぐにでも屏風を手に入れようと思ったけど、「センス良くこだわりも強かったお母様に気に入ってもらえそうなもの」かつ「我が家の家計に見合う価格」の条件を満たすものがなかなか見つからない。
3年前に訪れたギャラリーに「これならいい!」と思うものがあったものの、既に売約済み。
次年度の同じ時期に訪れるが、「今年は入荷なし」と言われた。
そして3年目の今日、やっと手に入れた「源氏物語絵屏風」。

飾ってみると、始めからセットのようになじんでいる。
お雛様もうれしそうに見えるし、お母様にも喜んでいただいているような気がする。
今年のひな祭りには、友人を招いてみようかな。

*******
一昨年も同じ頃お雛様の記事を書いている。
画像もあるけど、雄雛、雌雛の立ち位置が今年と逆。
去年が「現代式(関西式)」、今年が「古式(関東式)」ということのよう。

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2010年2月24日 (水)

春の野草を楽しむ

セリは「七草粥」用に早くから出回っているけれど、自生しているものはもっと春も深まってからだったように思う。
私が子どもの頃は、水辺に茂るセリは当たり前のように食卓に上った。
子育てしている時代でも、時には子どもたちとの散歩の途中で見つけることがあった。
香りを確認しながら(毒セリと間違えないように)、ワイワイ言いながら摘み帰った。
それが今ではすっかり、かつてを懐かしみながら買う「野菜」となってしまった。

今年初めて、近くの無農薬有機栽培農園で売られていたセリ。
まずはシンプルにセリご飯。
芹ご飯
さっとゆでて刻み、水分を取ってから、あら塩と胡麻をまぶし炊き立てご飯に混ぜただけ。
子どもの頃、食べたものより香りが弱いような気もするが、サッパリとしてとてもおいしい。

残りのセリは翌日に水菜と共に鍋仕立て。
芹鍋
どっさり入れた分、さすがに香りも立ち、食欲をそそる。
昆布、かつお、鶏で取ったスープ、刻み生姜をたっぷり入れた鶏団子と鰯団子、豆腐などとの具ともよくなじみ、家族も皆、スープ一滴残すことなく食べた。

大鍋ばかりではなく、一人鍋もよく利用する。
自分の前に鍋を置くので、手を伸ばす必要もないし、それぞれのペースでゆっくり食べられるのがいい。

具材のひとつの、何だか緑の筋が入ったようなお餅、これでもヨモギ餅。
お餅をつく予定をしていた日に、はやヨモギが茂りだしているのを見つけた。
近頃は犬・猫の散歩が横行しているので衛生上道端のヨモギには手をださないようにしているけど、ここなら大丈夫と判断。

蓬があった所
(水路は約1メートルほどあり、長身の私でも届かない。
ヨモギがある側には渡りにくいので、手前の欄干に上り、それでも手をいっぱいいっぱい伸ばしバランスを保ちながら懸命に摘んだ。通りがかりの人はあきれていたかな?
おまけに後で思い至ったのだけど・・・、もしかしてこれは個人の花壇?)

摘んだ蓬
これくらいでは用意していた1升分の餅米には少なすぎ、とはわかりつつ、ゆでて刻んで入れてみた。
蓬餅
姿も香りも「草もち」には程遠いものになっちゃったけど、作ったものの特権として、茹で上がったヨモギをざるにあけた瞬間に立ちのぼった豊かな香りをひとり堪能。
(画像のものは、餡入り)

こんなお餅、ヘンですね?
先日訪れた施福寺近くのお店で乾燥ヨモギ粉を買ったので、また間もなく今度はいかにも「草もち」の画像をアップしましょ。

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2010年2月22日 (月)

施福寺 「札所」の賑わい

昨日の日曜日、和泉市にある西国三十三所の第四番、槙尾山(まきのおさん)施福寺(せふくじ)を訪れた。
ふもとの駐車場は既に一杯。山道にもたくさんの人の姿が見える。
施福寺は、欽明天皇(539-571)に開かれ、最盛期には、1山800坊、三千余りの僧がいたという。(織田信長による焼討などを経て衰退)

谷川のせせらぎを聞き、時に巨木に目をみはりながら緑濃い山中を、ひたすら石段を踏みしめ進む。
漂う静謐さに、かつてこだましていたであろう三千もの僧、修験者たちの読経が響いてくるかのような錯覚に陥る。
ところどころに見られる屋敷跡と思われる石垣も、隆盛だった昔を偲ばせた。

登りかけてすぐ迎えてくれた観音様。
迎え観音

お不動さんの立ち姿は、数百年の時の経過を感じさせるが変わらず威厳に満ちている。
お不動様

覚悟していたほど過酷でもなく、30分ほどで登りきったかな。
頂上から望めるむ岩湧山、先日登った金剛山などの連なりは雄大で美しい。
一方、うどんや飲み物を供している店もあり、人が多いこともあってかなり世俗的な印象もある。
ふと、幾度か訪れた同じく由緒ある古寺、高貴寺の静かなたたずまいを思い起こした。

この施福寺の賑わいの要因のひとつは、まちがいなく「札所」であるということだろう。
「西国三十三所」がどのようにして決められたのかは知らないが、現代においてもその影響は大きい。
私がこの寺のことを知ったのも「西国三十三所」関係の書籍だもの。
納経所では、記帳を頼む人が次々ある。
納経
300円の料金だけど、団体だったら相当の数になるし、掛け軸仕立てだったらもっともっと高い。
などと、お寺のそろばん勘定をするつもりはないけれど、運営に大いに関係することには違いない。

「西国三十三所」選定にも「政治と金」が動いた、のかな・・・?

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2010年2月20日 (土)

雲丹(うに)ご飯

雲丹ご飯
食堂かたつむり風ごはん、ちょっと(いえ、だいぶ)違うかな。
沢村貞子さんの『献立日記』を読んだ時、「ぜひ作りたい!」と思ったメニューがふたつあった。
ひとつは寿司酢などに使う(これで作るととびきりおいしいらしい)梅で作る酢。
これは梅の季節までお預け。

もうひとつは、雲丹ご飯。
瓶詰め雲丹を「二重鍋」で、サラサラになるまでひたすら(2時間ほど)炒るとのこと。
彩りもあざやかに、それはそれはおいしいと書かれている。

読むだけで、磯の香りとまったりとした感触がもう口の中にあるよう・・・。
私は雲丹が大好物。
おいしい生雲丹はなかなか手がでないけど、瓶入り雲丹なら買えそう。
でも2時間炒り続けるなんて・・・、と実行できずにいたが、「食堂かたつむり」を観たら、気の長い調理が気にならなくなった(というより、楽しめそうと思ってしまうほど感化された)

「二重鍋」がどんなものかわからないまま、厚めの鍋、弱火で炒り始めたが、なべ底にくっつき出し、サラサラどころか焦げ付きそう・・・。
「もしかして『二重鍋』って?」とハタと気が付き、急きょひと回り大きな鍋を用意して湯せんに変更した。
弱火で炒り続けていると、確かにねっとり雲丹がサラサラへと形を変えていく。
始めの直火が効いた(?)のか、仕上がりまで1時間弱。

炊きたてご飯に、パラパラと降りかける。
沢村貞子さんのものが、白いご飯に雲丹のオレンジが美しい、といった描写であるのは、おそらく着色料入りのものを利用されていたのだろう。
赤いウインナ、黄色いたくあん、色鮮やかなおまんじゅうなど、着色料に抵抗のない時代だったから。

私が作ったものは自然な雲丹色で特に美しくはないが、味わいは確かに絶品。
旨みと香りは濃縮されているのに、サラリとしたおいしさ。
「もっといっぱいかけたい欲」と「何度も食べたい欲」とがせめぎあったが、「回数」が勝って画像にある程度に。
沢村貞子さんのものにはなかった海苔をアレンジしてみたけど、ない方がいいかもしれない。ご飯と雲丹で十二分に幸せになれるくらいおいしいもの。

ご家族に雲丹好きな方がおられたらぜひお試しを、喜ばれることまちがいなしです。
自分の為だけでも、小1時間小鍋を混ぜ続けることができる雲丹好きな人もぜひお試しを。

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2010年2月18日 (木)

『食堂かたつむり』

『食堂かたつむり』(富永まい監督)のこと。
監督は知らないし出演者にも関心なしだったけど、「食」のテーマに惹かれて観てしまった。(そう言えば同じ動機で『南極料理人』も観たっけ・・・)
で、良かったです!

一緒に住んでいた外国人の恋人が家財他すべて持ち逃げ。
飲食店を開くという夢も絶たれ、柴崎コウ演じる倫子(りんこ)はショックでしゃべることができなくなる。
ソリの合わない母が暮らす故郷に帰るが、そこは自然に恵まれた地。
やがて倫子は、1日1組予約限定の食堂を始める。倫子の作る料理を食べると願いが叶うと、評判になって・・・。

といった展開で進んでいく。
実のところ、白けるほどの破天荒さはあるし、しつこく挿入されるポップなファンタジーはうんざりするし、ほとんどの出演者の演技も好みではなかった。
でも、柴崎コウが「食」に向かう、その姿だけで観る値打ちがあった。食堂かたつむりプレート
店を「食堂かたつむり」と命名したように、料理を作ることを急がない。
出所が確かな各種素材を自分で集め、季節折々の山の幸、里の幸も自ら摘む。
口が聞けない設定だから、動きと表情で見せる倫子像はなかなか複雑だけど、食に対するこだわりとその腕前がとても魅力的。食堂かたつむり
調理に入る前は必ず、素材たちを前にしばし儀式のような時をもつ。
それは素材になってくれるものたちへの感謝と、素材たちに新たな命を吹き込むための祈りのように感じられる。

そして調理はあくまでも丁寧にじっくりと。
出来上がった料理は、とびきりおいしく、まるで魔法の力をもつかのように食べた人を幸せにする。

倫子の母は結婚を機に、かわいがっていたエルメスという名のペットの豚をと殺することに決めた。
結婚式のおもてなしに、倫子がその豚の肉を、思いと心を込めてさまざまなおいしい料理に作り上げる。
食べる皆もまた、エルメスに思いを馳せながら、おいしくいただく。
もちろんこれはブラックユーモアなんかじゃなくて、「人は生きるために、生きるものの命をいただいているのだ」と感じさせてくれ、それが押し付けがましくなく好ましい。

参考になるようなレシピはなかったけど、料理を作ることの楽しさ、素材になってくれているものたちへの謙虚な気持ちを再認識させてくれる素敵な映画だった。

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2010年2月 7日 (日)

「おかきバー」体験

天王寺近辺を歩いていて「播磨屋」の看板が目に入った。
行き過ぎながら連れに「ここが、おかきもドリンクも無料で提供しているところ」と説明。

私は「好奇心が強い」と思われがちだけど、実際は違う。
「播磨屋」も入ってみたいと思ったことはないし、この日も当然のように素通り。
ところが、連れは「えっ、タダ?ほんとにタダでやってる?」と唖然とした表情で「ぜひ行ってみたい」と言う。
体験してみないことには、とてもそんなところがあるとは信じられないといったようす。
結局10mほどを引き返し、私も連れも「おかきバー」の初体験をすることにした。

播磨屋
「いらっしゃいませ」の声に迎えられ、既にできている列の後ろにつきドリンクバーのような設備のあるコーナーで紙コップを取り好きな飲み物を注ぐ。
種類は、コーヒー、紅茶、オレンジジュース、水(ほうじ茶もあったかな?)
ドリンクの横に蓋付きの透明容器に入ったおかきが5種並んでいる。お代わりはダメだけど、お皿に入るだけは取ってもいいらしい。
おかきバー
  (下の画像は少な目だけど《食後でおなかが大きかった》、みんなはもっと入れている)

「さて座ろう」と見渡すと、相席が当たり前のようではあるが、6テーブル(だったかな?)は既に満席。
トレイを持ち立ったまま、「はて?」と思案顔でいると、1組が席を立った。
「タイミングよく、ラッキー!」と感じたけど、どうやらこれは利用者の大方の共通心理で、「(無料だから)待つ人がいると食べ終わってから長居はできない」ということのようだった。

お茶とおかき
席に座り、割れおかきを食べ、コーヒーを飲みながらも連れは、「これがタダ?」「なんでこんなことができるねん?」「どうなってるん?」と幾度も口にし、無料カフェのシステムがどうしても納得できないようす。

「無料おかきバー」は実施店舗数を増やしているようだから、その宣伝効果と売上は順調なのだろう。
したたかなアイデアと実践だとは思うけれど、私は連れの「なんか、おかしい」という感覚が好ましい。
「試食」の域を超えたサービスを無料で受けることは、やっぱり「なんか、おかしい」し、また買いたい商品が試食できるわけでもない。

無料で飲食するのに「いらっしゃいませ」で迎えられ、「ありがとうございました」で送り出されるのも気持ち悪い。
だったら、何か買えばいい、ということになるし、実際に買ったのだが、それにしても
連れ同様「めっちゃ得!」と抵抗なく受け入れられないのは、世代のせいかな?

無料おかきバーは、大阪では御堂筋店と2店舗あるらしい。(もちろん他県にもある)
お近くの方は一度体験されてはいかがでしょう?

このように、おかきは買うわ、宣伝するわ、でまんまと企業の戦略にはまってしまっている者からの報告でした(^-^;

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2010年2月 5日 (金)

良い年を重ねた人たち

このところ続けて「良い年を重ねたなぁ」と感じたミュージシャンのことをラジオやテレビで見聞きした。
1人はラジオを通じて、「女性ポップロックシンガーの先駆け」白井貴子さん。
もう1人はテレビを通じて、「フォークの神様」こと岡林信康さん。

時に、かつてのヒット曲を衰えた声と生気のない容貌で歌う人などいて、それは余りに物悲しいのだけど、この2人の現在は輝いていた。

2人共、時代の寵児であった「自分」を自ら捨てた、という過去がある。

白井貴子さんは、ある時、足下に咲く小さなマーガレットを見て「この小さな花のように上を向いて凛と生きていこう」と思われたことがきっかけとなり、自分の原点を見つめ直すことになったという。事務所もレコード会社も辞め英国へ旅立たれている。
もともとファンでも何でもなく、「なつかしい名前だ」くらいの気持ちで聞いていたインタビュー番組だけど、内面からあふれ出る思いを若々しい声にのせて語られる言葉に魅せられ、歌にも聴き惚れた。(5月に神奈川で行われる第61回全国植樹祭の為に製作された「森へ行こう!」)

岡林信康さんもすっかり記憶から消えていた人。
久しぶりに見る彼は、山下洋輔のピアノで美空ひばりの名曲を歌う。
声は深みを増し、穏やかな表情は「老い」という言葉を連想させず、いぶし銀のようにまぶしい。

ひるがえって、では自分の来し道は?などとは考えない。
ただがむしゃらにここまで生きてきて、良くも悪くもこれしかなかったとしか思えない。
でも「これから歩む道は?」、これは考えよう。
自分らしくとは?
やりたいことは?

そういえば、将来にやりたいことをあれこれ語る私に、かつて娘がこう言って笑った。
「『将来って』、まだまだ将来があると思っているみたい」
娘よ、あなたもこの年齢になればわかることだろう、人生の折り返しを過ぎても「将来」はあるのだよ。

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2010年2月 3日 (水)

やっぱり今日はお寿司の丸かぶり

今日は午前中に生協の店に買い物に行って、びっくり。まるで年末のような混みようで、たいして広くもない店内に客があふれている。
入り口前の特設コーナー、本来の寿司売り場、どちらにも巻き寿司がてんこ盛り。
寿司売り場の方には各種取り揃えられているのか、2重3重の人だかり。
節分に豆をまくという慣習はずい分すたれたように思うけれど、「(恵方を向いて黙って)お寿司を丸かぶりする」の勢いは、どうやら年々加速しているよう。
人々がこぞって巻き寿司を買い求める姿を、まのあたりにした。

と人ごとのように言っているが、我が家もその例にもれず、ここ数年、豆まきは省略。
でも、夜の献立は巻き寿司になっている。
「この日だけ」売られている特製巻き寿司も食べてみたいところだけど、今日は時間もあるので手作り。
具は特に工夫もなく、高野豆腐、かんぴょう、しいたけ、卵焼き、えび、鰻、三つ葉の7種。6本分でご飯は2合。
だしを取るところから始め、煮たり焼いたり、材料の下準備だけで1時間半くらいかかった。
運動会(子どもの頃、この日は私の晴れ舞台だった)や何かのお祝いに、父は必ず寿司を巻いてくれた。
父の味にはちっとも及ばないけど、手際も追いつかないみたい^_^;
具の置き方も性格通り、いかにもアバウト。

巻き寿司1
お寿司は「端っこがお得でおいしい!」と言うけれど、正にこれもそう。
巻き寿司2

切ったらこんな感じ。
巻き寿司3 

「切ったらダメ、しゃべったらダメ」など気にしない。
食べやすいように切り、おしゃべりも楽しみながらいただく。

鰯のすまし汁
縁起物のいわしは(形はないから縁起物にならないかも)つみれにして澄まし汁で。

苺のゼリー
デザートは、いただきものの苺でゼリー。
寒天のゼリー液は甘さ控えめにしたから、ブルーベリージャムをトッピング。

食べ物の話ばっかりだったけど、明日は立春。
我が家のチューリップの芽もずい分伸びてきたbud

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