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2010年3月29日 (月)

ご無沙汰でした

前回アップした、花壇の桃の花は既に満開を過ぎ、ひときわ色鮮やかではあるが言わば「姥桜」状態。だけどこれはこれでまた美しい【←人も同じ、と言いたい(^^♪】

その間、ブログもほったらかしだったけど、「更新がないけど、元気?」とメールをいただき、恐縮と感謝。
リアルにしろネット上にしろ、人の縁は大切にしたい。
今日は散漫になるだろうけど、この間の状況などちょこっと書いておこう。

義父の症状は一段落し退院も目の前、と思い込んでいたのが諸事情で転院、入院生活が続くことになった。
退院を楽しみにしていた義父の願いが叶わなかったこととその原因は、かなり私を落ち込ませ鬱々とモノを考えさせた。雨ばかり続いていたことも関係があったかもしれない。久しぶりに明るい陽射しを見たとき、パッと心が晴れたもの。

沈んでいるときは外出もつい億劫になるけれど、「そんな時こそ外へ!」は生きてきた長さが教えてくれる。
なかなか観る機会の得られない、南京虐殺に関する映画上映があったので出向いた。
抗議による混乱の危惧から劇場公開が取りやめられたという経過のある『南京NANKING』を観た。
気弱なときでもあり、コトのむごさに途中で吐き気さえ催す始末。
日本人は「過去のこと」にできても、むごさを身に受けた立場の人がそれを時の流れに風化させることは絶対にできないだろう、と改めて思う。

新屋英子のひとり芝居『身世打鈴』が、近くで上演されたのでこれも観た。
既に初演から30有余年とのこと。過去のときのように心にピンピンと響くことがないのは、自身の感性の衰えか、はたまた時代の流れか・・・。

そして今日は、末っ子ファミリーに会うために岡山まで出かけていった。
もうすぐ1歳になる子をたいそう慈しみ、生真面目なパパ、ママぶりの若い二人が初々しい。年配者からは未熟に見えても、口出しは控えて根気良く見守ってやりたい。

このファミリーの健やかさが、自分の幸せであることを実感。
自分の幸せは、自分のことだけにあるのではない。
そしてやっぱり、岡山でも義父のことを考えた。
義父にも幸せでいて欲しい。

幼な子が少し眠くなった頃、帰るべく「バイバイ」と手を振ると、小さい手を振り「バイバイ」を返してくれた。その瞬間「パパ」と「ママ」は二人して「オー」と歓声を上げた。
初めてバイバイができたらしい。
小さな天使クン、周りに幸せを振りまいてくれてアリガト。

最初に予告したようにとっても散漫な文章ですね。まるで晴れたり降ったりと今日の気まぐれ天気のよう(*^_^*)

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2010年3月20日 (土)

春爛漫

桃
*画像はクリックで拡大
淡い桜が「春色」なら、艶っぽい桃は「春爛漫」色。
小さい頃から桃の花を意識したことがなかったのに、20歳頃になると可憐でいながら、あでやかなその花が大好きになった。
初めて授かった子が女の子だったから、迷わずその花の名前をもらった。
でも、戦前生まれの父は「その名は『桃色遊戯』を思わせる」と大反対だったことを覚えている。
私の世代でも「桃色遊戯」はピンとこない言葉だから、次世代の人たちは聞いたこともないかもしれない。

大きくなったその娘は縁あってドイツで暮らしている。
名前を紹介すると、みんな1度で覚えてくれるという。
それは「花の名前」のおかげではなく、ドイツの偉大な児童文学者ミヒャエル・エンデの作品『モモ』に通じるから。
ドイツで『モモ』を知らない人はいないらしい。
私もこの作品のファンだから、娘の名前は私の2重のお気に入り、ということになる。

4年前、今の家に越したとき、もはやいっしょに住むことのない娘を思い、小さな花壇に20cmほどの照桃の苗木を植えた。
花木を枯らしてしまうことの多い私でも、さすがにこの木を枯らすわけにはいかない。
と言っても突然「花名人」になれるわけもないが、幸い頑強な苗木であったらしく、すくすくと育ってくれた。

2年目には早2メートル近く成長し、あでやかな花をつけてくれるようになった。
咲きそろった花たちを目にすると、季節の爛漫を感じると同時に、遠くに暮らす娘の生活も華やいでいるように感じられる。
昨年は蕾が少なく気になったが、その事を伝えた娘からは「こっちのモモは満開に咲き誇っているから大丈夫だよ」とのメールが届いた。

今年の花は、数も多く色もきれい。画像と共に「そっちのモモはどう?」と、娘にメールを送ってやることにしよう。

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2010年3月17日 (水)

おいしい(^^)v くぎ煮レシピ

くぎ煮

くぎ煮くるみ入り
2回目の分を送ってやった末っ子家族からのリクエストで、今日もくぎ煮作り。これで合計9キロ炊いたことになる。(内8キロくらいは「お嫁入り」して過分に喜んでいただいた)
初回4日のものは出始めでかなり小さかったが、今日のはずい分成長して、炊くといかにも「釘(くぎ)」のよう。

末っ子がメールで言うには「今シーズンとられたいかなごのうち、何億匹かは母さんに煮られとる」

小さかった初回のときから「命をいただいている」という意識はあったけど、今日くらいのものになるといかなごの目も大きくはっきりしていて、洗っているときに何だか見つめられているような気もしてきて、「ゴメンナサイ」と気弱に・・・。

毎年恒例とはいえ9回(1キロを9回)も炊いたのは初めて。同じように炊いたつもりでも同じように仕上がらないのだけど、レシピを書き留めておこう。

材料:いかなご1kg 砂糖(きざら)200g 水あめ 大さじ山もり1 濃い口しょうゆ200cc みりん150cc 酒50cc 生姜50gくらい
※ くるみ入りは別途 無塩くるみ200g~250g

手順とポイント
下準備
材料
・生姜50gくらいは、皮付きのまま千切り
・調味料の砂糖、濃い口しょうゆ、みりん、酒の分量を測る
生いかなご
・いかなごをきれいに洗い、ザルにあげてよく水をきる。
※ザルは目が細かい方がいい。(目が粗いと、いかなごが目に入り込む)
・アルミホイルで落し蓋を作る。
鍋より少し小さいサイズで穴は中心に1つ、囲むように8つぐらいあける
くるみ
・無塩くるみはフライパンやオーブントースターなどでローストする
※いかなごを炊き始めてから用意してもOK
ペーパータオル
・大きなお皿かお盆にペーパータオルを重ねて敷いておく
※いかなごを炊き始めてから用意してもOK

手順

煮汁
・深鍋に測った調味料、大さじ山もり1杯くらいの水あめ、千切り生姜を入れ、強火で煮立てる
・水を切ったいかなごを鍋に入れ、煮汁とからめるようにサッと手で混ぜ合わす
※全体が高温になる前に手早く混ぜる

ここの画像が欲しいけど手がベタベタでとれない(^-^;
強火
・アルミホイルの落し蓋をかぶせ、吹きこぼれない程度の強火で煮続ける
(めやすとして30分くらい)
※吹きこぼれそうな時は少し火を弱めるが、弱火のままにしておかない

中火
・落し蓋の周りから勢いよくたつ泡が静まってきたら、落し蓋を取り中火にする。
※ここがひとつのポイント。煮汁が少なくなり過ぎない内に!
・中火のまま時々鍋をゆすり上下を返しながら煮詰めていく
※くるみを入れるときは、この段階でロースト済みのものを加える

くるみ入り
・煮汁を少し残した状態で火からおろし、ペーパータオルの上にあけて手早くさます
(トップの画像)

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2010年3月 8日 (月)

「嫁」ならではの付き添い

倒れた義父が、救急車で運ばれたのは隣県にある遠く離れた病院だった・・・が、今ではそのことを幸運だと思っている。
当初は家族の誰もが最悪の事態をも覚悟したが、危機を脱し回復の兆しもある。
さらに、最近建替えられたというその新しい病院はゆったりと美しく、行き届いた設計に感心させられている。

病院から
画像は病院の5F、面会室から撮ったもの。お粗末な撮影からは伝えきれないが、一面(いぇ、八面?)に鮮やかな黄色を輝かせているのは菜の花。

歩ける方はもちろん、車椅子や歩行器利用の方にとっても、面会室は闘病中の病室から束の間解放される大切な空間。それは面会者にとっても同じ。
大きなガラス窓、ゆったりと並べられたテーブルと椅子で構成される開放的な作り。
自由に使える個室も二部屋用意され、(お湯や冷水はもちろん)ほうじ茶、せん茶も無料で提供される。
そして何よりこの開けた眺望。
病院に行くたび(むき出しになっている土には目を背け)山の緑と、今は盛りの菜の花にしばし心和ませている。

義父は現在4人部屋にいる。
窓側ではないので、通路以外の3面は壁なのだが、ひとつの壁に明かり取り窓が施され、丁度ベッドで寝ている位置から空や山を望むことができる。
壁に囲まれるという圧迫からの抜け道になるばかりではなく、今日が晴れなのか、雨なのか、今が昼なのか、夜なのかなどを自分で感じることができるのはすばらしいと思う。

4人部屋の入り口右に洗面所、左には車椅子でもゆったり入ることのできるトイレがある。
「大部屋内にトイレ」がある病院は初めて。
義父の身体は、まだままならない。
たとえトイレは近くにあっても、そこで用をたすには、身体を起こして車椅子に乗せ替えトイレまで連れていき、便器に座らせ、用後にまたベッドまで連れ帰るという一連の介添えが必要となる。
尿器や紙オシメで排泄させる方が、ずっと「手間」は省ける。
マンパワーが不足なのはこの最新設備を整えた病院も同じようで、本人の強い要望がない限り看護士は尿器や紙オシメの方向に流れがち(のように見える)。

ところが「嫁(私のこと)」の付き添いのときには、義父はベッドの上で排泄することに大いに抵抗があるらしく、「トイレに行く」との強い意思を示す。
そして車椅子の往復、あるいは車椅子を押し車代わりに使い歩く、などでトイレでの排泄を果たす。
リハビリ室でのストレッチや運動ももちろん必要だけど、この日常生活に近い動きほど回復の強い味方になるものはない、と私は確信している。
「これは『嫁』ならでは」と、一人病室でほくそ笑む。

そりゃあ、娘や息子の付き添いの方が心強いだろうけど、「嫁」の付き添いにはこんないいこともあるのですよ。ね、お義父さん!

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2010年3月 4日 (木)

今年もくぎ煮

今の季節、阪神地区ではいかなごを炊く甘辛くふんわりとした香りが家々に立ち込めているのだろう。
かつては阪神地区に住む人からよくいただいたが、ここ大阪でもくぎ煮(いかなごの甘辛煮)を炊く家が多くなった。
生いかなごが手に入ること(兵庫産)、調理が簡単なこと、長期保存ができること、何よりおいしいことが、くぎ煮ファンを増やすのだろう。

私もファンの一人で毎年炊いているが、「おすそわけ」をしたことはないように思う。
分量を量って作っても、仕上がり状態が定まらないので、どうも家族以外の人に食べていただくことに気おくれがある。
でも今年はその気おくれを思い切ってとっぱらい、プレゼント用に炊くことにした。
届けるのは、入院した義父の世話にかかりきりの義姉、そして義父が帰るまで広い家にひとりきりの義母。
きっと自分のうちのごはんのことなど、なかなかできないに違いないもの。

入荷(漁)のない日もあるけど、今日は運良く生協の店にあったので1キロ袋を3つ買った。
1キロずつ3回炊いて、内1回はくるみ入り。
くぎ煮

くぎ煮くるみ入り5
同じように作ったつもりでも、今回もやっぱり仕上がり状態が定まらない。画像ではわかりにくいけど(出来立てで湯気が上っている状態)、くるみ入りの出来が不本意。色が悪いしツヤに欠ける。
あと1、2回は作るだろうからしっかり検証して、それからブログにポイントを抑えた「おいしいレシピ」を書き残すことにしよう。

調子に乗って次も、ほとんどがプレゼント用になりそう。
作っている内にどんどんあげたい人が浮かんできたもの。
最近ちょっと落ち込んでいる友、丹精込めた野菜などよくいただくおじいさん、なかなか行ってやることのできない末っ子家族、などなど・・・。

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2010年3月 1日 (月)

命の炎は美しい

土曜日の夜、奈良に住む夫の父が倒れたと電話が入った。
救急車はすぐ到着したが、受入れ先がなかなか見つからないとのこと。
2時間半後くらいに和歌山県病院に搬送先が決まったとの再連絡に、すぐネットで所在地を調べ夫と共に病院に向かった。

義父は今も、ナースステーション横「観察室」のベッドの上にいる。
看護士の強い呼びかけに時に反応を見せる。左の手足は「握って」や「曲げて」などの要求にある程度こたえるが、右手、右足の動きはおぼつかない。
視線は定まらず、言葉が出ることはない。
意識混濁というのか、ほとんどの時間は眠っているかのように見える。
それでも、私はその義父の姿を半ばうっとりと見つめる。
生気のある顔色、はっきり聞こえる呼吸音、たとえままならないものであるとしても動きを見せる手足・・・。

私が過去に聞いた「倒れた」は、すべて「最悪の事態」につながった。
父は心肺停止状態。病院で蘇生したものの意識も戻らず、68歳でその夜に逝った。
58歳の兄も、そのまま逝った。
小学校からの友人が、帰らぬ人となってから1年も経っていない。
「倒れた」の言葉は、私にすぐ、微動さえしない土気色の冷たい亡骸を思わせる。

でも、倒れた88歳の義父は生命の火を灯している。
私がうっとりと見つめるのは、きらめくその炎なのだろう。
生きていることは美しく、それ自体が「希望」なのだ、と思う。

現実的には、当面の24時間付き添いなどあり、少ない人数で組むローテーションは厳しいけれど、そのメンバーの一人であることがうれしい。
過去に、「もう何もしてあげることができない・・・」という辛さを幾度味わったことだろう。
父や兄に何もできず、母や友人にも残る悔いを、義父のことで少しは埋めることができるかもしれない。

お弁当
これは、今夜の付き添いに入る夫のために用意したお弁当。
夫が早帰りする頃、私は仕事だから手紙を添えて置いておいた。
久しぶりのお弁当作りに気持ちがはずんだ。
明日は私が夜の付き添い、自分の為にも作ろうかな。

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