« 夫の実家へのお届け弁当 | トップページ | 初めてのパンダ »

2011年6月 5日 (日)

放射能はどのくらい“毒”?

毎日まいにち食事を作り続けて数十年。
その内の何回かは、体調が悪かったり、忙し過ぎたりでイヤイヤだっただろうけど、ほとんどは楽しみながらやっている。
作るのが楽しみ、出来上がったものを食べてもらうのが楽しみ、自分が食べるのが楽しみ。

ごはん作りは素材の調達から始まる。
旬の野菜のいただきものなどがどっさりあると、調理意欲はいやでも増して、少々疲れてもルンルンで台所に立てる。
でもそんな時は稀だから、やはりこまめに買い物に行くことになる。

野菜はできるだけ近くの「有機栽培無農薬野菜」をうたう販売所で購入するようにしている。その他の食品は、ほとんど生協の配送と店舗購入でまかなう。
今や生協も独自ブランド以外のものもたくさん扱っているが、肉類、野菜果物などは国産にこだわり、加工品もできるだけ添加物の少ないものを選んでいる。

その理由のひとつに、“毒”の摂取量を少なくしたい、ということがある。
農薬、防カビ剤、防腐剤、品質保持剤、合成着色料、合成香料・・・、国が定める基準以下であってもやはりどれもが“毒”だという意識がある。
今では、それらの“毒”をまったく含まない食品を手に入れるのは無理だろうから、できるだけ少なそうなものを選ぶことを、もう長年の習慣としている。
ずっとそうしてきたから、買い物に行っても手が出るもの、素通りするものがほぼ決まってきていた。

ところが・・・、ここに来てまた新たに迷う状況が出てきている。
たとえば牛蒡が好きでよく買っていたが、たとえ国内産であっても「茨城産」とあると、のばしかけた手がふと止まる。
結局はかごに入れても、「これで何を作ろうかな?」というウキウキした気分からはほど遠く、どこかもの悲しい。
お茶は宇治より静岡産が好みだったけど、お茶によらず北と南に産地があるものなら南の方を選びたい、という気持ちが働く。

放射能という得体の知れない“毒”がこわいのだ。
放射能が降り注いだ(今も?)のだから、福島原発近隣での生産物に放射能が含まれていることはまちがいない。
それがごくごく微量だからといって、どうして気にせずにおられるだろうか?

“風評”にビビッているわけではなくて、 “実害”が恐ろしい。
もう長く生きてきた私などはいいとしても、娘や息子の小さい子たちに食べさせることには怯む。

大阪に住む私でもこうなのだから、福島やその近隣に住む母親たちは、毎日の食材入手にどんなに心を痛めていることだろう。
農家の人たちも、自分が丹精込めて作った野菜を「さぁ、どっさりおあがり!」と子や孫にすすめることはできないでいるのだろう、と思う。
その悔しさや悲しさは如何ばかりだろう、と察するけれど、だからといって“皆で現地の「放射能を帯びた)野菜を買う“という”支援“のあり方にはひっかかる。

ホントに、実際に放射能ってどんな風に恐ろしいものなのだろう?
そして、どこまでが恐ろしくないもの、なのだろう?

|

« 夫の実家へのお届け弁当 | トップページ | 初めてのパンダ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/200019/40277614

この記事へのトラックバック一覧です: 放射能はどのくらい“毒”?:

« 夫の実家へのお届け弁当 | トップページ | 初めてのパンダ »