« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月31日 (日)

夏の絶品大人デザート

夏にはめっぽう弱い。
エアコンがまだ余り普及していなかった若い頃は、食事も満足に摂れず毎夏2、3キロくらい体重を落とした。
今では、何とか夏を乗り切ることができるのは、何よりエアコンのおかげ、と思っている。

今年の夏(というよりこれからずっと。だってもう原発はこりごりだもの)は、万民に「節電」の覚悟がいる。
エアコン頼みの私と言えども、まだ高齢でもないし使用は最小限にとどめている。
そのせいか(あるいは加齢のよるもの?)、どうも眠りが浅く食欲も乏しい。

食事は摂るけれど、おいしいと感じられるものがほとんどない。
大好きだった季節の果物にも、なかなか手が伸びない。
(ビールも欲しくないのだから、かなり重症かも・・・?)

ところが昨日何気に作ってみたものを、食べてみると、これが実においしい!
2口3口と運ぶたび、バテた身体に、そっと力を吹き込んでくれる気さえする。
それがこれ、ロートグリュッツェ。
ロートグリュッツェ

ドイツ料理店で、デザートに食べたことがある。
さまざまな種類のベリーを赤ワインで甘く煮て、アイスクリームが添えられていた。

たまたま、生ブラックベリーが手に入り、自分で作ってみることを思いついた。
ネットのレシピを参考にしながら(かなり自己流も加えて)
・生ブラックベリーや冷凍ミックスベリーを水少しと多めの砂糖で煮る(12分くらい)
・そこに赤ワインとミカンジュース(100%)を同量(1カップくらい)加え、水溶きコーンスターチで少しとろみをつける。
・バニラアイスクリームを添えて「いただきます!」

アイスクリームは特に好きではない私だけど、これは「夏の絶品大人デザート」として推したい。

生ブラックベリーを画像に納めておかなかったのが残念。
真っ黒のつぶつぶだったのが、火を入れると赤くなった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年7月21日 (木)

きょうは馬の日

初めて馬のことを書いたとき、もりゆさんからコメントをいただき「馬は美しい」とあった。
唐突に乗馬を始めて3ヶ月、技術的な進歩はほとんどないけれど、ちょっぴり気持ちの余裕は出てきたみたい。
もりゆさんが言われるように、本当に「馬は美しい」ことがわかってきたもの。

7月にしては、今日は最高の乗馬日和。
ギラギラとした陽射しはなく、そよぐ風は涼しく、足場は固くも柔らか過ぎることもない。

サークル状の馬場、グループレッスンの仲間全員が騎乗するのを馬の背で待つ間、前にいる馬の美しさに見とれた。
堂々とした体格の姿かたち、光を帯びたかのように輝く毛並み、凛とした美しさと気品。

一方、馬上の「人」に視線を移してみると、姿勢は正しているものの、その姿からは「弛緩」が漂う。
馬の張りつめた筋肉と気品、人のたるんだ贅肉と精神は余りに好対照。
これはもちろん、前の人のことではなくその姿に自分を見てのこと。

「人馬一体の醍醐味を味わう為には、自分がこれではダメ、だな」と感じる。
乗りこなす技量だけじゃなくて、一体の「美しさ」が欲しいもの。

引き締まった身体と引き締まった精神で、馬といっしょに駆ける!

いつか、そんな日が来ることを楽しみに、何度トライしてもいつも半端で止めちゃっている、ジョギング(アンド トレーニング)に再チャレンジしようと、またまた考えている。
馬のためなら、今度は続くかな?

そうそう、馬に見とれているときに、「ミスター・エド」のことも思い出した。
小さいときにテレビで見たアメリカのテレビドラマで「馬がしゃべる、そんなパカな♪」というテーマソングも覚えている。
コメディだったと思うけど、馬はどんなことをしゃべっていたのだろう?
もう1回見てみたいな。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

『光のほうへ』

最近観たデンマーク映画『光のほうへ』監督・脚本:トマス・ヴィンターベアは、今のところ私の2011ベスト。
もっともその時の観客は、平日の夜といえども10人にも満たなかったから、一般受けしない作品かもしれない。

原題は「SUBMARINO」
潜水艦という意味、転じて、水に顔をつけられて自白を強要される拷問の名前でもあるとか。
もがいても、もがいても、閉塞から抜け出せない・・・そんな人間たちが織り成す物語ではある。

光のほうへ
主人公のニックとその弟の母は、酒びたりで育児も放棄している。
その環境にあって兄弟は、赤ん坊である弟に愛を注ぐ。
ミルクを与え、洗礼のまね事をして名前もつけてやる。
ところが、世話が行き届かない故だろう、赤ん坊は死んでしまう。

大人となったニックは刑務所から出所したものの、アルコールが手離せない。
弟は妻を事故で失い、幼稚園児の息子を溺愛しているが、麻薬中毒で生活もままならない。

母親の死を契機に兄弟は再会し、遺産で手にしたお金で、弟は息子との生活を立て直そうとするが、その為に始めた“仕事”は・・・。

『光のほうへ』というタイトルがとてもいい。
社会の底辺にいる兄弟や周りの人たちは、せいいっぱい生きても、それは「もがく」に似て、やすらぎや充足感からは遠い。
彼、彼女らに次々起こることは、暗く、悲しく、観ている者の心を刺す。

それでいて、この物語に強く惹きつけられる大きな要因は、ラストで感じさせる希望のひかり。
加えて人物の魅力か。

ニック役の人のまなざしは深く、弟役の表情はどこまでも繊細。
弟の子は媚びないかわいらしさにあふれている。

だけど・・・、こんな見応えのある映画に10人弱とは。
大阪の人たち、どうしちゃったんだろう?

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2011年7月 7日 (木)

家に1頭欲しい

4月に乗馬クラブに入会して、まだ10鞍(乗馬の回数単位は「鞍」というらしい)にも満たないというスローペース。
割安の平日会員を選択しているので、「仕事が休みで他に用事がない平日」しか通えない。
今日はその条件にあてはまるが、天候はあいにく雨。

少しばかり躊躇はあったものの、どしゃぶりでもないし・・・、と予定通り出掛けることにした。
しとしと降り続ける雨の中を自転車で30分。
上下ともカッパ着用で、蒸れによる不快指数がグングン上昇するのを感じながら、ひたすらこぐ。

乗馬を始めてわかったことのひとつが「自分でこがなくても動くのは、何て楽なのだろう!」ということ。

バイクも車も乗らず(免許がない)、どこに行くにも自転車か徒歩(か公共交通機関)。
若い頃から通勤もずっと自転車だけど、特に不便や不自由を感じたことはない。
ところが、背に乗り合図を入れるだけで移動させてくれる馬の快適を知ると、やや自転車が辛い。
それでいてバイクや車の免許取得には、ちっとも気持ちが動かない。
それどころか、家に馬を1頭置けないか?などと夢想している。
映画などで見ると、昭和初期にはまだ馬は当たり前のように移動手段として使われているし・・・。

乗馬を始めた頃の目標(というより夢か)は、「モンゴルの大草原を駆ける」だったけど、今は「道路をポクポク歩く」に変わってきたかも・・・?

馬に揺られて仕事場に向い、終えてから「あぁ、今日も疲れたなぁ」と駐輪場?に行くと、馬が待っていてくれる・・・。
そんなことがあったら、通勤の往復は楽しくてしかたないだろう・・・、とは思うものの、あの時と所をかまわないボリューム満点の排泄だけ考えても、少なくともわが町では無理だろう。

と、腕前はちっとも上らないけど、しばし別世界に遊ばせてくれる乗馬は、私にとって極上の時間には違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011年7月 2日 (土)

第六感?それとも偏見?

東淀川の方で友人が居酒屋をやっている。店は、一人できりもりできるくらいの広さで早い時間から常連さんたちが立ち寄る。
特に珍しい料理もないけれど、家庭料理の味わいで食べ飽きない。

2週間ほど前に久しぶりに行ってみたら、何だか友のようすが違う。
変わりなく調理や接客をこなしているように見えて、どこかおかしい。
そのことがテキメンにわかるのが料理の味。
ほっこりとやさしい甘さのはずのかぼちゃの煮物に、まろやかさがない。
いいだこの煮物は固さが勝っているし、焼きうどんの味にもめりはりがない・・・。

本人も「欝の気があるかもしれない」ともらしたので、ずっと気になっていた。

この木曜日に少し夜に時間ができたので行ってみた。
まだ十分に明るい6時過ぎ。既にカウンターと2人掛けテーブル1台の店はほとんど満席。
カウンターの中央に30代くらいの男性客がいてその両隣だけが空いている。
右側に席を占めたものの、どうも友人の表情や店内の雰囲気が重い・・・。
おまけに座るなり、右隣の女性が私の椅子を引っ張り「もっとこっちへ、こっちへ」とささやく。

「ん?もしやこの妙な重さは、左の席にいる男性に何か原因が?」
と思う間もなく、友人が「お客さん、もう少し静かにして下さい。他のお客さんに迷惑になるから、困ります!」と、その男性に向って顔を引きつらせながらも言い渡した。

「何を。 ようそんなこと言うな。ワシが何をした言うねん。男やったらほっとかへんけど、女相手にけんかはできんわ」と少し凄みを帯びた調子で言い返されても、友は引かない。
「さすがに女一人で長年店をやっているだけに、たいした度胸やなぁ」と感心しながらも、なぜ友がそんなにその男性をけん制するのかがよくわからない。

どうやら一人でフラッと入ってきて、ビールを飲みながらやたら大声で他の客に話しかけているようで、真横に座った私にも声をかけてきた。
少しなまりのある口調で地声が大きいのだろう、あたりをはばからずに語ることは、
「今日、出てきたところや。ダイケイ(大阪刑務所)はすごくキツイところやった。3回(喧嘩が原因で)入ったけどあそこが一番キツイ」
「出てきてまず散髪に行って、ちょっとビールが飲みたくなってこの店に入った」といったような内容。

いかにもジェントルマンでも隣に座り合いたくない人もいるけど、この「今日出所したばかり」の人は、私にとっては少しも不快や警戒心を呼び起こすものを感じさせない。
むしろ誇張も悲哀も含まない口調で淡々と語られる、彼自身の物語はとても興味深い。

少し店内の雰囲気も落ち着いてきたように感じたが、その男性が「ビールをもう1本」と注文すると、友はそれを拒否。「うちの店はもうけっこうですから」とグラスまで引いてしまう。
男性は「そんなん言わんときや。あと1本飲んだら帰るんやから」と、短気にもならず繰り返す。

友の気持ちも理解したいし、男性も気の毒だし「さて、どうしたものだろう?」と思案しているところに登場したのは、友が密かに連絡したらしい大阪府警の腕章をつけた警官2名。
男性は抵抗もなく店外に連れ出された。

ずっと緊張の時を強いられていた友は「こわかった!」を連発。
「とにかく入ってきたときから目つきが普通と違う、あれはヤクチュウとか通り魔とかの目や」と。
長年客商売をしている友は、おそらく私より人を見る目があるだろうし、女一人の商売では客を選ぶことも必要だろう。
相手に「帰ってくれ」よがしに言える勇気も買いたい。

それでも・・・、私は後味が悪かった。
男性は暴力を振るったわけでもなく脅すこともしていないのに、追い出された。
店主である友の怖れや警戒はともかく、店内の客たちの反応も過剰であった(と私は感じた)
第六感が働いているのか、それとも偏見なのか。
生きにくい人はどこまでも生きにくく、「フツー」の人たちとの壁は厚いものなのか・・・。

この日のかぼちゃの煮物はいつものおいしさに戻っていた。
どうやら友は復調したらしい。
ヤワではやっていけない仕事には違いない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »