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2012年7月 4日 (水)

原発はいらない

友達だったら距離をおく。
恋人だったら「さようなら」
夫だったら離婚。
親だったら限りなく恥ずかしい。
子どもだったら限りなく情けない。
そのどれでもないのが幸い。
それでもテレビに映る顔を見、声を聞くだけで不愉快になる。

「総理に届け!」とほとばしらせている、心からの願い、訴えの声、声、声を「音」と受け止める感性。
彼にとっては、総理官邸を取り巻く幾万もの人々は、おそらくただの「烏合の衆」で、「守るべき国民」ではないのだろう。

その「烏合の衆」は、まぎれもなく「国民」であることを気付かせる。
その「国民」たちすべてが原発のない暮らしを要求していて、その要求を受け止めるのが自分の仕事であることを理解させる。
仕事をまっとうできないのなら職を退いてもらう。

その為に何度でも何度でも繰り返し声を上げ続ける。

その思いは強いのに、定例の金曜日は夜まで仕事で、地元の大阪関電本社にさえ駆けつけることができない。

それでも、16日の「さようなら原発10万人集会」に参加できるめどはたった。

6月に参加したペシャワール会現地代表の中村哲医師の講演会で、中村哲氏は原発関連の質問を受け「(自分は古い言葉しか知らないが)原発を推進する人たちは(国を滅ぼす)国賊」と明言された。
「国賊」という表現はピンとこないけど、日々の暮らしを滅ぼし、命を滅ぼし、土地を滅ぼし、国を滅ぼすのが原発だということはよくわかる。

金曜日に動けない分、16日にはおもいっきり大きな声を上げたい。
プラカードはどんなものにしよう?

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コメント

いつの頃から頻繁に使われるようになったかは分かりませんが、
「国益」という、錦の御旗のような物言いが溢れかえっています。

野田首相の「原発」を止めるのは、止める、というのも「国益」だそうです。

しかしそれは、お触れになっている中村哲さんの言われる「国賊」、
つまり国を滅ぼす、ということと同義であることは、みんな知ってしまった。

宰相に、こうした人物を据えてしまった責任というものは、
私たち一人ひとりが背負わねばならないのでしょうか
(09年総選挙→政権交代 ではこの人を選んだつもりは無かったけど‥‥)

このあまりの民意と離れた宰相を留め置くのは哀しすぎます。
日本の人々の尊厳に掛け、引きずり下ろしたい。

りんさんの今後のエントリにも期待しています (^^)

投稿: artisan | 2012年7月 5日 (木) 00時07分

artisanさん、こんにちは。
ホントに久しぶりのエントリにコメントいただいて、ありがとうございます。ほったらかしだったブログにフと目が向いた原因のひとつにやはり原発のことがあるように思います。
これだけは許せない、ほっとけない、です。

今後もボチボチ書いていくつもりですが、さっそくいただいたartisanさんのコメントも励みになります。またこれからもどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

投稿: りん | 2012年7月 7日 (土) 09時36分

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