非日常24日間が過ぎていった・・・。
昨日に娘とその子を関空で見送った。
寂しげな表情を見せている娘に抱っこされながら、小さな子はすっかり見慣れた愛くるしい笑顔を浮かべたまま「バイバイ」と小さな手を振り続けていた。
自宅に引き返すと何も相談していたわけではないのに思いは同じであったか、夫と2人ひと休みもせず「日常への引き戻し作業」にとりかかった。
まずは家中に掃除機をかける。
掃除機を使うと、小さな子は自分でやりたがるので「順番」にすることになる。結局はきれいになるところまでいかない。かと言って子が寝ている時にするには音が大き過ぎる。
自分が子育てをしていた時はどうしていたのかしらん?
そこかしこから姿を見せる小さなおもちゃや衣類に、しばしかわいらしかったようすへと思いを馳せながらも、しまいこんだり捨ててしまったり・・・。
次はフロアー部分をすみからすみまで雑巾がけ。
いすから落っこちる原因になるのでよけていたクッションをみな戻し、角で頭を打たないように要所にはっていたスポンジをはずし、破れた障子はとりあえずテープで補修・・・。
手の届かないところに置いていた時計や携帯・・・なども所定の位置に。
やがて24日前と同じ、夫と私が日常を過ごす時空が帰ってきた。
かつて自分が良い母親であったのか、また今もどうなのか、まったく自信はないけれど、娘が子を産んだとき、娘に感謝の思いが湧いた。
命をつなげてくれたことがうれしかった。
遠い国で、娘は母を頼らず産み育てている。
また今回は、1人で30キロを越えるスーツケースとベビーカー、複数の手荷物などを携え、まだ1歳で抱っこも多い16キロの子を連れ10数時間の空の旅をものともせずやって来てくれた。
24日間の非日常、「つなげてくれた命」そのものが私の体温が感じるところ、目に映るところにあった。
両親の愛情をいっぱい受け、すくすくと育っていることが感じとれる子どもらしくかわいらしい子だった。
何にでも興味をもったけれど特に工事関係車両が大好きで、フォークリフトなど見たなら「ガーベルシュタプラー(?)!」と大喜び。
感じる心さえあれば日常には喜びがあふれていることを教えてくれた。
ハーフ特有の顔立ちに加えて「ハロー」や「おはよう」「こんにちは」と人なつこく声をかけ、誰にでもかわいがられた。
「こんにちは」などの声がけは(たとえ見知らぬ人であっても)本来はごく自然なもの、大切なものであることを教えてくれた。
「小さな子がいる暮らし」の24日間は長かったようでもあり、アッという間のようでもある。
刻み込んだつもりのさまざまな記憶と1000枚を超えるデジカメ画像、そしてどっさり溜まった仕事関係やその他の懸案事項などが残った、というところ。
さて、娘とその小さな子はまたもや数日間、時差による体内時計の調整に苦労することだろう。
オーマ(ドイツ語でおばあちゃん)は、小さな子の成長を楽しみのひとつとしながらまた日常をしっかり生きていくとしようかな。
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もうひとつの屋外でのショーは「大道芸」。
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