2010年3月 8日 (月)

「嫁」ならではの付き添い

倒れた義父が、救急車で運ばれたのは隣県にある遠く離れた病院だった・・・が、今ではそのことを幸運だと思っている。
当初は家族の誰もが最悪の事態をも覚悟したが、危機を脱し回復の兆しもある。
さらに、最近建替えられたというその新しい病院はゆったりと美しく、行き届いた設計に感心させられている。

病院から
画像は病院の5F、面会室から撮ったもの。お粗末な撮影からは伝えきれないが、一面(いぇ、八面?)に鮮やかな黄色を輝かせているのは菜の花。

歩ける方はもちろん、車椅子や歩行器利用の方にとっても、面会室は闘病中の病室から束の間解放される大切な空間。それは面会者にとっても同じ。
大きなガラス窓、ゆったりと並べられたテーブルと椅子で構成される開放的な作り。
自由に使える個室も二部屋用意され、(お湯や冷水はもちろん)ほうじ茶、せん茶も無料で提供される。
そして何よりこの開けた眺望。
病院に行くたび(むき出しになっている土には目を背け)山の緑と、今は盛りの菜の花にしばし心和ませている。

義父は現在4人部屋にいる。
窓側ではないので、通路以外の3面は壁なのだが、ひとつの壁に明かり取り窓が施され、丁度ベッドで寝ている位置から空や山を望むことができる。
壁に囲まれるという圧迫からの抜け道になるばかりではなく、今日が晴れなのか、雨なのか、今が昼なのか、夜なのかなどを自分で感じることができるのはすばらしいと思う。

4人部屋の入り口右に洗面所、左には車椅子でもゆったり入ることのできるトイレがある。
「大部屋内にトイレ」がある病院は初めて。
義父の身体は、まだままならない。
たとえトイレは近くにあっても、そこで用をたすには、身体を起こして車椅子に乗せ替えトイレまで連れていき、便器に座らせ、用後にまたベッドまで連れ帰るという一連の介添えが必要となる。
尿器や紙オシメで排泄させる方が、ずっと「手間」は省ける。
マンパワーが不足なのはこの最新設備を整えた病院も同じようで、本人の強い要望がない限り看護士は尿器や紙オシメの方向に流れがち(のように見える)。

ところが「嫁(私のこと)」の付き添いのときには、義父はベッドの上で排泄することに大いに抵抗があるらしく、「トイレに行く」との強い意思を示す。
そして車椅子の往復、あるいは車椅子を押し車代わりに使い歩く、などでトイレでの排泄を果たす。
リハビリ室でのストレッチや運動ももちろん必要だけど、この日常生活に近い動きほど回復の強い味方になるものはない、と私は確信している。
「これは『嫁』ならでは」と、一人病室でほくそ笑む。

そりゃあ、娘や息子の付き添いの方が心強いだろうけど、「嫁」の付き添いにはこんないいこともあるのですよ。ね、お義父さん!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年3月 1日 (月)

命の炎は美しい

土曜日の夜、奈良に住む夫の父が倒れたと電話が入った。
救急車はすぐ到着したが、受入れ先がなかなか見つからないとのこと。
2時間半後くらいに和歌山県病院に搬送先が決まったとの再連絡に、すぐネットで所在地を調べ夫と共に病院に向かった。

義父は今も、ナースステーション横「観察室」のベッドの上にいる。
看護士の強い呼びかけに時に反応を見せる。左の手足は「握って」や「曲げて」などの要求にある程度こたえるが、右手、右足の動きはおぼつかない。
視線は定まらず、言葉が出ることはない。
意識混濁というのか、ほとんどの時間は眠っているかのように見える。
それでも、私はその義父の姿を半ばうっとりと見つめる。
生気のある顔色、はっきり聞こえる呼吸音、たとえままならないものであるとしても動きを見せる手足・・・。

私が過去に聞いた「倒れた」は、すべて「最悪の事態」につながった。
父は心肺停止状態。病院で蘇生したものの意識も戻らず、68歳でその夜に逝った。
58歳の兄も、そのまま逝った。
小学校からの友人が、帰らぬ人となってから1年も経っていない。
「倒れた」の言葉は、私にすぐ、微動さえしない土気色の冷たい亡骸を思わせる。

でも、倒れた88歳の義父は生命の火を灯している。
私がうっとりと見つめるのは、きらめくその炎なのだろう。
生きていることは美しく、それ自体が「希望」なのだ、と思う。

現実的には、当面の24時間付き添いなどあり、少ない人数で組むローテーションは厳しいけれど、そのメンバーの一人であることがうれしい。
過去に、「もう何もしてあげることができない・・・」という辛さを幾度味わったことだろう。
父や兄に何もできず、母や友人にも残る悔いを、義父のことで少しは埋めることができるかもしれない。

お弁当
これは、今夜の付き添いに入る夫のために用意したお弁当。
夫が早帰りする頃、私は仕事だから手紙を添えて置いておいた。
久しぶりのお弁当作りに気持ちがはずんだ。
明日は私が夜の付き添い、自分の為にも作ろうかな。

| | コメント (6) | トラックバック (0)