2011年8月 4日 (木)

馬のボロは落下物

木曜日は仕事が休みで、唯一乗馬クラブに行くことができる曜日。
レッスンは馬を馬小屋から馬場まで引いて行くことから始まる。
(もう少しレベルが上ると、その前に馬の手入れがあるらしい)

今日も時折り風が吹き抜けるとはいえ、ギンギラの陽射し。
ヘルメットの下から汗がしたたり落ちる暑さだけど、ちっとも気にならない。
クラブにたどり着くまで炎天下での30分自転車走行の後では、「こがないでも動いてくれる」馬の背は快適その物だもの。

45分のレッスンは、「わかりかけたかな」と思うと、もう終わり。
その次のレッスンはまた「わからない」からスタートして、「わかりかけたかな」で、やっぱり終り。
そんなわけで、ちっとも腕は上らない。

レッスンが終わった後は、インストラクターや同じレッスンを受けた人たちとのミーティングがある。
「どんな質問でもいいですよ」となじみになったインストラクターが言うので、以前から気になっていたことを聞いてみた。

馬に上手に乗れるようになったら、(車の代わりに)馬で道を走りたい、とかなり本気で思っている。
できる人から、自分にできることで少し昔の生活に戻っていくことで、脱原発も実現するような気がするし。
もっとも実際は、経済的なハードルが高すぎて、私が馬を所有することはないだろうから、「(車の代わりに)馬で道を走ることを人に薦める」をめざしているのかな?

何はともあれ、馬は「軽車両」扱いで、公道を走ることができることは確認した。

でも、その「馬力の利用」に関して、不明な点がある。
馬のボロ(糞)や尿は、半端な量ではなく、もちろん時や場所を選ばない。
では公道でそれをやってしまうと、どうなる?

「上達する為のポイント」など技術的な質問ばかり出るミーティングで、この類の質問をするのは私だけだけど、そのインストラクターはいやがらずたいてい明快な回答をくれる。

今回の質問に関しては、
馬は軽車両扱いだから、ボロや尿はいわゆる「落下物」。
運転者が責任をもって始末すればそれでよしだろう、とのこと。
なるほど!落下物か・・・。

だけどボロはともかく、あの莫大な量の尿の始末はたいへんだろうなぁ。
騎馬警察なんかには、専門の「処理」班がいるのかな?
もっと突っ込んで聞いてみたかったけど、さすがにそれはちょっと遠慮。
他のレッスンメイトには、全然興味ないことみたいだったし、ね。

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2011年7月21日 (木)

きょうは馬の日

初めて馬のことを書いたとき、もりゆさんからコメントをいただき「馬は美しい」とあった。
唐突に乗馬を始めて3ヶ月、技術的な進歩はほとんどないけれど、ちょっぴり気持ちの余裕は出てきたみたい。
もりゆさんが言われるように、本当に「馬は美しい」ことがわかってきたもの。

7月にしては、今日は最高の乗馬日和。
ギラギラとした陽射しはなく、そよぐ風は涼しく、足場は固くも柔らか過ぎることもない。

サークル状の馬場、グループレッスンの仲間全員が騎乗するのを馬の背で待つ間、前にいる馬の美しさに見とれた。
堂々とした体格の姿かたち、光を帯びたかのように輝く毛並み、凛とした美しさと気品。

一方、馬上の「人」に視線を移してみると、姿勢は正しているものの、その姿からは「弛緩」が漂う。
馬の張りつめた筋肉と気品、人のたるんだ贅肉と精神は余りに好対照。
これはもちろん、前の人のことではなくその姿に自分を見てのこと。

「人馬一体の醍醐味を味わう為には、自分がこれではダメ、だな」と感じる。
乗りこなす技量だけじゃなくて、一体の「美しさ」が欲しいもの。

引き締まった身体と引き締まった精神で、馬といっしょに駆ける!

いつか、そんな日が来ることを楽しみに、何度トライしてもいつも半端で止めちゃっている、ジョギング(アンド トレーニング)に再チャレンジしようと、またまた考えている。
馬のためなら、今度は続くかな?

そうそう、馬に見とれているときに、「ミスター・エド」のことも思い出した。
小さいときにテレビで見たアメリカのテレビドラマで「馬がしゃべる、そんなパカな♪」というテーマソングも覚えている。
コメディだったと思うけど、馬はどんなことをしゃべっていたのだろう?
もう1回見てみたいな。

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