2012年7月18日 (水)

あとからあとから人波切れず

さようなら原発10万人集会「さようなら原発10万人集会」、行って来ました。
猛暑を覚悟の東京行き。リュックの中には凍らした500ccの水が3本。着替えのTシャツ、そしてプラカード。水は飲用と、首に巻いた冷却マフラーを浸すため。

不案内の東京ながら何とか11時頃には会場に到着し、第4案内カーから道路を隔てた木陰に座り込んだ。
前にある幅の広い道路はメイン会場への通り道になるので、私の前を途切れることなく人々が通る。
中高年の男女あり、若いカップルあり、子どもを交えたファミリーあり、ベビーカーを押すママあり・・・。
プラカード類を手にする人も結構いたものの、その人たちから受ける印象は、時たま休日に訪れる堺の大泉緑地公園で出会う人たちと同じ。

今日のお休みは、プールや他の公園、あるいは家での読書などで過ごすのはやめて「さようなら原発10万人集会」に来られたのだろうな、と感じられるごくフツーの人たち。

そのごくフツーの人たちがゾロゾロゾロゾロとメイン会場へと向かう。
12時になっても、1時になっても、1時半になってもその人並みは切れない。

第4案内カーからスピーカーを通して聞こえてくる、反原発団体や原発現地からのメッセージも興味深いのだけれど、私の視線はずっと前を通り過ぎていくこのフツーの人たちにくぎ付け。
「抗議行動!」といった非日常ではなく、「原発はいらない」という気持ちから当たり前の日常として集会の一員となっている(と感じられる)無数の人たち。
その人の群れを見ながら、ヒタヒタと胸に満ちてくるものがある。
当たり前のように、「自分は原発はいらない」と意思表示する人たちがこんなにいるって、もしかしてスゴイことでは!?

もはや日常なのだから、彼、彼女たちはまた次の意思表明の機会にも、そしてまた次の機会にも参加するだろう。
政府としてもいつまでも無視することはできないだろうから、反原発、脱原発が実を結ぶのはそんなに遠いことではないかもしれない!?

私は単身参加だったけど、集会でもデモ行進でもお隣の人たちと話がはずんだ。
福島出身で現在アメリカ在住の方は、「9月にアメリカに帰ると何も参加できないから」と言われていた。
群馬の若い女性は、デモの時「シュプレヒコールの先導」にチャレンジされ、その初々しさがとても素敵だった。
群馬の女性や、静岡、埼玉、名古屋の方たちとは解散後にお茶をご一緒し、これまた楽しい時間だった。

そんなかんやで17万人の内のひとりであったことも含めて、とてもHappyな1日だったのでした。

画像は集会での私。隣の人が頼みもしないのに?撮ってくれた。

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2012年7月 4日 (水)

原発はいらない

友達だったら距離をおく。
恋人だったら「さようなら」
夫だったら離婚。
親だったら限りなく恥ずかしい。
子どもだったら限りなく情けない。
そのどれでもないのが幸い。
それでもテレビに映る顔を見、声を聞くだけで不愉快になる。

「総理に届け!」とほとばしらせている、心からの願い、訴えの声、声、声を「音」と受け止める感性。
彼にとっては、総理官邸を取り巻く幾万もの人々は、おそらくただの「烏合の衆」で、「守るべき国民」ではないのだろう。

その「烏合の衆」は、まぎれもなく「国民」であることを気付かせる。
その「国民」たちすべてが原発のない暮らしを要求していて、その要求を受け止めるのが自分の仕事であることを理解させる。
仕事をまっとうできないのなら職を退いてもらう。

その為に何度でも何度でも繰り返し声を上げ続ける。

その思いは強いのに、定例の金曜日は夜まで仕事で、地元の大阪関電本社にさえ駆けつけることができない。

それでも、16日の「さようなら原発10万人集会」に参加できるめどはたった。

6月に参加したペシャワール会現地代表の中村哲医師の講演会で、中村哲氏は原発関連の質問を受け「(自分は古い言葉しか知らないが)原発を推進する人たちは(国を滅ぼす)国賊」と明言された。
「国賊」という表現はピンとこないけど、日々の暮らしを滅ぼし、命を滅ぼし、土地を滅ぼし、国を滅ぼすのが原発だということはよくわかる。

金曜日に動けない分、16日にはおもいっきり大きな声を上げたい。
プラカードはどんなものにしよう?

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