2009年11月29日 (日)

今年も梅田クリスマスマーケットへ

4年前にたまたま出くわしたときに感じた「異国情緒とときめき」は薄れたものの、やはりその後も訪れずにはおれない梅田シティのドイツクリスマスマーケット。
夜には点灯する巨大なツリー、ヒュッテと呼ばれる木の屋台で売られるソーセージやドイツパン、ワイン、カラフルなお菓子にさまざまなオーナメント・・・。
子どもたちが独立してから、家では「クリスマス」は素通りしてしまうから、ここに来たときだけしばしクリスマス気分。

ヒュッテ

パンとコーヒー
まずはホットコーヒーとドイツパン。カップを持参していたけど、今年のカップが気に入りカップ付きで注文。
グリューワイン
ホットで飲む「グリューワイン」はとても人気があり、カップ持参なら600円。
高いし味も好みでないこともわかっていたのについ買ってしまったのは、とっても寒かったからかな。
カップのぬくもりを感じながらも、ビールや普通のワインを飲む人を横目で見て、「あっちの方が絶対おいしそう!来年はグリューワインはやめよう!」と心の中でブツブツ。
でも確か去年も同じことを思っていたような・・・。

メリーゴーランド
ツリーやヒュッテは少々見飽きた感があるものの、ゲートをくぐってすぐのところに設置されるメリーゴーランドはいつの年も惹きつけられる。
世界に4台しかない110年の歴史を持つ木製の回転木馬らしい。
「乗りたいなぁ~」という思いがちょっぴりよぎるけど、きらびやかに造られた馬は子どもと若者にこそ似つかわしい。

十分堪能しながらも、初めてのときから梅田シティに来る目的はいつも映画鑑賞。クリスマスマーケットはあくまでもついでの楽しみ。今年も20日から開催されていることを知っていたけど、観たい作品が始まる28日まで待っていた。それは『戦場でワルツを』
(アリ・フォルマン監督・脚本によるイスラエル映画、レバノン内戦に関するアニメーションドキュメンタリー。)

この映画のことはブログに書けるかどうかわからない。いっぱい考えないと書けない気がする。

4時40分の映画開始前に撮った画像は何とか見られるけど、終了後のライトアップされた状態ではまともに撮れているものがない。人出もグッと増え、ニコラウス(ドイツのサンタさん)も登場してたのだけどなぁ・・・。
キリスト生誕

クリスマスには欠かせない、「キリスト生誕」

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2009年11月19日 (木)

またひとつ地域の「良い店」がなくなる。

歩いて20分くらいのところに川魚料理の店がある。
初めて訪れたのは30年近くも前のこと。
家に来てくれた母を案内した。
聞いていた評判から、母が気に入るかもしれない、と期待した。
その通り、こじんまりした静かな店内でいただく鰻の蒲焼や川魚のアライを母はたいそう喜んだ。
母が「おいしい!」と感じ食が進む料理は少ない。

蒲焼は、美しい焼き色から香ばしさが立ちのぼり、口に含むとみじんも泥臭さがない。
鮒や鯉のアライはしっかり氷でしめてあるが、雑味や水っぽさがない。
添えてあるまったりとした酢味噌の酸味、甘み加減も文句なし。
それでいて価格は随分抑えてある。

このあと母は、お友だちを誘い訪れたよう。
母にとってこの店と味は、電車を乗り継ぎ2時間以上もかけて来る値打ちがあった。
もちろん私の家に来てくれた時の楽しみのひとつにもなっていた。
いつもおいしそうに食べ、必ずお店の人に心づけを渡していた。

4年前に母が亡くなってからも、年に1,2回は訪れた大切な店だったのに、閉店が決まってしまった。
不況の波にあおられたのか、店主(料理人)の高齢化の為か・・・?

地域でひとつひとつ消えていくのは、心寄せた店。
新しくできるのはたいてい、便利だけど(24時間営業、早い、安いといった)心を寄せることなどなさそうな店。
寂しい・・・。

「20日で閉店」を知ったのが遅かったので、食事に行く時間が取れそうもなく蒲焼の持ち帰りを頼んだ。当日に1本いただき、2本は冷凍して日をおいて惜しみつついただく。
蒲焼

店を出るとき、いつも通り店主自ら「ありがとうございました」と挨拶された。
私の方も、母のことも含めて心から「ありがとうございました」を返した。

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2009年11月17日 (火)

めざすところは「やさしい家」

今より4歳若かっただけなのに、家を建てるときにバリアフリーの考えが全くなかった。
狭い敷地なので、子どもたちの部屋をいかに確保するか、そればかりとらわれていた。
ところがアッという間に2人の子どもたちが独立し、家にいない。
また、夫も私も「老い」への自覚はまだ乏しいものの、確実にそれがやってくることを意識し始めている。
お誘いすれば、喜んで我が家まで来てくださる夫の両親も足腰が弱っている。
今は少し疎遠となっているが、かつては車椅子の方たちとも交流があった。
それなのに、なぜバリアフリーの発想がなかったのか?大いに悔やまれる。

自宅でパソコンレッスンをし始めているが、生徒さんに車椅子の方がおられる。
その方のおうちまで出張しているものの、外出する機会が少ない方だけにできれば来ていただきたい。

その為の準備をすべく、建てたときにお世話になった不動産屋に、玄関への階段(高さ約15cmで2段)のスロープ工事の見積りをお願いした。
社長自ら職人を連れて来てくださったものの、曰く「これはもったいない。工事するのは止めましょう。何とか別の方法を考えましょう。」

玄関、階段の石タイルにはこだわったといういきさつもあり愛着がある。改めて眺めてみてもやはり美しい。
それを壊してしまうことはちょっぴり寂しい・・・。その心を社長に見透かされたのか?

結局、何も対策をとらないまま、まずは生徒さんと介護をされる親御さんに家を見ていただく。
すると意外にも「これなら大丈夫」とのこと。

車椅子から降りられた生徒さんは親御さんに身体をしっかり支えてもらいながら、ゆっくりゆっくり進まれる。
この方とは2年半にわたる交流がありながら、(車)椅子に座る姿以外見たことがない。
力が感じられないたよりなげな足運びでありながら、「人が歩く姿は、何ていいものなのだろう~」としばし見とれた・・・。
そして、ハッと気づき私も手を貸した。

何とか玄関まで上がられると、あとは何も問題なし。
用意しておいたのはキャスター付の椅子。
段差のないフロアー、引き戸(これが大事らしい)になっているトイレ。
「弱者にやさしい家づくり」の意識は私にはなかったけれど、ありがたいことに設計者には多少なりともあったのだろう。
生徒さんは、とても居心地良さそうにされていた。

我が家がこの方を受け入れることができる環境であったことがとてもうれしい。
ポーチ階段の見積りはしてもらいぞこなったものの、やはり考えるべき方向はバリアフリー。
工事となればデザイン面ばかりではなく費用のこともあり悩ましいけれど、できるところから少しずつ手を加えて「やさしい家」にしていきたいな。

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2009年2月22日 (日)

しばらくお休み

どうも目がいけません。
からだもいけません。
原因ははっきりしています。
パソコンのやり過ぎ。
仕事でパソコン、仕事の為の学習でパソコン、プライベートでパソコン・・・。

高年で始めた新しい仕事、同僚にも新旧交代があり気がつけば2年で、はや古株。
実力が伴わない「古株」も、さすがに新人たちに難易度の高いソフトのインストラクションを押し付けるわけにいかない。
そんなこんなで、2年経っても学習時間は増えるばかり。
といっても、膨大な時間を費やさざるを得ない原因は(加齢による?)理解度が低い為、ということは重々自覚。
自分には無理、と潔く撤退する選択もあるだろうが、やはり「石の上にも3年」はねばりたい。

毎日のパソコン操作時間が、既に限界と思われる時間を越えている現状。

仕事は離せない。
仕事の為の学習時間は短縮できない。
ならば、プライベートでのパソコン利用をあきらめるしかない・・・。

「せめて仕事関係以外のパソコン操作をしない」との線引きは遅すぎるくらいだったかも?
ブログと向かい合う時間は私の大切な日常のひとつだけど、これもしばらくは手離すことに。
といっても、目の状態や生活リズムが、多少なりとも改善されてきたならまた「書きたい虫」がうずいてくるに違いないけれど。

マイペースの気ままブログにお越しくださっている皆さま。
いつもありがとうございます。
しばらくはエントリできそうもありません。

定期的に読ませていただいているブログは、これからも時々はおじゃましますので、またお目にかかりましょう。

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2009年2月15日 (日)

河内長野シティマラソン

久しぶりに夫のお供でマラソン会場へ。
地方のローカルマラソンながら、会場の中学校には人があふれている。
初夏のような陽気もあってか、リラックスしたようすの参加者が多い。
「ファミリーの部」もあるのだろう、ゼッケンを着けた子どもたちが明るい笑顔で走り回る。
会場周辺ではウォーミングアップに余念のない人たちがいっぱい。

それにしても若者が走る姿は何て軽やかなのだろう。
くったくのない笑みを見せているその顔には、たるみひとつない。
内面からも外面からもほとばしる溌溂さがまぶしい。
年を重ねて得るものは大きいけれど、失うものも確かに大きい・・・。
(といっても年配の方たちの走りも「いぶし銀」のような魅力、あります!)

スタート時間が近づいて、みなスタート地点へと移動。
2000人ほどの参加者があったらしいが、老いも若きも、男も女も、ぞろぞろとつながる列はとても長い。視覚障害者の方もおられる。
マラソン1

マラソン2
私は走らなかったのだから、達成感も筋肉を使った気持ち良さもないけれど、マラソン大会の帰りはいつも気持ちが晴れやか。
人がいっぱい集まるショッピングセンターや娯楽場は大嫌いで、できるだけ避けているのにマラソン大会の人ごみは気にならない。
自然豊かなところで開催されることが多いからというより、おそらく「走る為」に集まる人たちの表情がいいからだろう。
ギラギラしたものを感じさせる市民ランナーはほとんどいない。

日がなパソコンに向かう1日、万歩計は3千台を示すこともあるが、今日は1万を越えている。
見学だけのマラソンは案外、身体の健康にも良かったみたい。

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2009年2月12日 (木)

『だいじょうぶだよ、ゾウさん』

『だいじょうぶだよ、ゾウさん』は「死」に向き合った絵本。

年老いたゾウとおさないネズミは仲良し。助け合って暮らしています。
ますます老いたゾウは、つり橋を渡って深い谷の向こうにある「ゾウの国」に行く日が近づいています。
ところが谷にかけられたつり橋は壊れていて、ゾウは渡ることができません。
ゾウが橋を渡ると2度と戻ってこないことを恐れていたネズミでしたが、やがて橋をしっかりと直してやりました。

だいじょうぶだよ、ゾウさん *本文より少し抜粋*
ゾウは、こころをきめると、せまいつりばしをわたりはじめました。
ネズミはおおきな声でいいました。
「こわがらないで。もう、がんじょうになってるから!」
ゾウはふりむいてこたえました。
「こわくないよ。だいじょうぶ、安心してわたるさ!」
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かつて幼かった頃(精神が、ですね)「死にたい」と幾度か考えたことがあった。
また一方では、いつの日か必ず訪れる「死」が怖くて怖くてたまらなかった。
あげく、「『死にたい』と感じたそのときに死んでしまえば、恐怖から逃れられる」と究極の結論に至ったことも・・・。

死んでしまわなくて本当に良かった!
あの頃は「生きる」ということがちっともわかってなかったし、もちろん「死」もわかっていなかった。
その後はせいいっぱい生きてきていると思うけど、いつの間にか「死」というものにも向き合おうとし始めている。
この絵本は、そっとやさしくその手助けをしてくれる。

今でもやっぱり「死」はこわい。
でもその時が来たら、ゾウさんのように「こわくないよ。だいじょうぶ、安心してわたるさ!」と言える自分でありたい。
そう言える自分であるための生き方をしたい。

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2009年2月 4日 (水)

古いお寺を訪れる

近隣(といっても車で40分くらい)の山手にひっそりとしたお寺があると知人に教えられた。

高貴寺」と言う名前で、とても静かで人と会うという事もなく聞こえるのは椿の花が時々ボト!と落ちる時の音ぐらい、だとのこと。
日曜日の午後に行ってみた。
山の途中で車を降り、かなり急な道をどんどん登っていく。

「おとなしくかわいい犬がいて道案内をしてくれるよ」とも聞かされていたが、
「ん?犬が道案内?」とよくわからずにいた・・・。

坂を上りつめたところに、犬はいた。
高貴寺のわんちゃん
私の姿を見つけるなり「ワン、ワン」と声高に吠えつきながら、後ずさりするように移動していく。
たいした犬好きでもなくちょっぴり怖さもあって「どこがおとなしいねん」とぼやきつつ、距離を置きながらも何となく犬が進む方向につられていくと、そこに本堂らしい建物があった!
山深いところに位置し観光用に整備されていないお寺の本堂のありかはわかりにくい。
「そうか、これが道案内であったのか!」と納得するやら感心するやら・・・。

椿はもうすっかり落ちてしまい「ボト!」も聞こえず、歩くほどに静謐と静寂に満ちた空間に惹き込まれていく。
かつての栄華を感じさせる広い敷地は小さな森のよう。
樹齢を重ねた大木、鮮やかな濃緑の苔。
長年の風雪に削られたたくさんの石仏。
建物に彫られた細工の見事さ・・・。

高貴寺1

高貴寺2

高貴寺3

曇天の梅
ただ境内でぼんやりしているのも心地よさそうだし、一帯を幾度散策しても飽きることもないだろう。

あちらこちらで見つけた梅の大木は8分咲き。
白いもの、蝋梅らしいもの、赤いものもあったが、曇天の下ひなびた山奥に広げた枝は梅園にはない野趣があり見とれる。
春には桜が美しいとのことだし、紫陽花の群生(のあと)もあり四季折々、花木も愛でることができそう。

ほとんど人の姿を見ないことも大きな魅力だけど、もしお近くの方がおられたらぜひ一度訪れてみられることをやっぱりお奨めしておきたい。

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2009年2月 2日 (月)

「ふん、ふん」の相槌はあかん

職場の後輩は増える一方。2年ではや“古参“となっている。
もちろん、年も一番上。
年齢差は“際立つ”くらいのものがあるけれど、休憩時間も彼、彼女たちとの会話を楽しんでいる。
話題によってはまったく理解不能のこともあったりするのだが、「わかります?」と説明も加えてくれ、年輩の私を輪からはずそうとしない気遣いがうれしい。

この後輩たちから「(年やのに)とても前向き!」とよく言われるけれど、どんなに前向きでも“若さ”から発散されるキラキラしたエネルギーの前では線香花火の勢いもない。
もちろん負けん気などはみじんも起きず(自分に対しての負けん気はあるが)、輝いている若者たちと共に働くことを楽しんでいる。

が・・・、一月ほど前に入ってきた20代後半の新人とはどうも会話が続かない。勉強熱心で笑顔の多い女性なのだが、相槌は必ず「ふん、ふん」と言う。

「すみません、ちょっと教えていただきたいのですが・・・」と丁寧に切り出されることがある。
知っていることはできるだけきちんと教えたいと思っているので、実際にパソコンを操作しながら手順を説明していく。
そのときの相槌(というより返事なのだが)も「ふん、ふん」

状況にもよるが私は若者のため口は余り気にならない。
ところが、この「ふん、ふん」だけはどうも気力がそがれる。
教えを請われたときは、それでも最後まで説明するが、私的な会話でこの相槌が返ってくると、とても話を続ける気にならない。

なぜ「ふん、ふん」なのだろう・・・?
と疑問に思っていたら、昨日のラジオ番組でその解説をやっていた。
社会経験が乏しい若者たちの間で広くみられる状態であるとのこと。

なるほどと合点がいくものの、欠けているのはむしろ「社会経験」より、「ふん、ふん」という言葉を返すことが不適切と感じる「感性」だと思う。
彼女のことが嫌いというわけではないのに、その感性の前でしり込みしたまま「ふん、ふん」は止めよう、と伝えることはまだできていない。

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2009年1月26日 (月)

大人も子どもも本を読みましょう!

年末から始まったガザでの惨状、そして身近にも感じられる経済不安は、「晴れ」の日であるお正月でさえ心のどこかに暗雲がかかっていた。
何ができる?何をどう考えればいい?と心騒ぐときに、セルビアで開催された国際図書展での、池澤夏樹さんによる開会スピーチを新聞で読んだ。

【世界は恐慌です。経済的には破滅です。だから本を読みましょう。人は困ったとき、つらいとき、迷った時に本に戻るものです。お金は手の中で消えていくけど、本の中の知恵は消えません。金融資本は人間の顔を持たないが、文学には人間の顔がある。もう一度そこに戻って、静かに座って本を読みましょう】

これがすっきり腑に落ちて、「2009年はできるだけじっくり本を読もう」と考えている。
これも本好きであればこそ。
(といっても1月も終わろうとしているのに、まだ一冊も読んでいないけど・・・。)

私の子どもたちもみな本好きであるが、ごく小さい時からどんなに忙しくても絵本を読むことを欠かさなかったこともその一因になっていると思う。

娘もまた子どもに本を読むことを心がけているようで、帰ってきたとき、近くの図書館から紙芝居を借りてきていた。
紙芝居というのは日本独特の文化らしい。
ドイツで育っている幼子が初めて紙芝居を見るという、特筆すべき日の演者は幸運なことに私だった。
少し距離をおいて対面で座る、というスタイルも初めてなのだけど、めくるごとに画面が展開していく『桃太郎』に驚くくらい集中していた。
感情を込めて紙芝居を読みながら「この子も本好きに育つな」と密かに私はほくそえんだ・・・。

紙芝居舞台 ただひとつの不満は紙芝居に舞台(枠)がなかったこと。舞台も図書館で借りることができるのだが、娘は省略したよう。
紙芝居の舞台というのは、物語の世界に入り込み集中させることに大いに寄与する。できるなら舞台有りで見せたい。

というわけで1月の娘の子の誕生日には、紙芝居と超軽量舞台を送ってやることにしている。
(舞台をまだ入荷待ちしている間に誕生日は過ぎてしまったが)

さて私の方は何から読み始めようか。
さぁ、大人も子どもも静かに座って本を読みましょう!

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2009年1月19日 (月)

非日常の23日間

自分の時と空間がようやく戻ってきた。そこには幼子の愛らしい笑顔も、娘のりりしい母親姿も、もうないけれど・・・。

昨年末、ドイツから娘とその子がやってきた。
「オーマ、オーマ」となついてくれるもうすぐ3歳になる利発な子、
日本の文化と食に飢えたような娘。
時間のある限り気長く幼子と遊び、思いつく限りの日本食を食卓にあげ、遅くまで母娘の会話を楽しむ日々は、喜びと活気に満ちたものではあったけれど、ひとりの時間がもてない息苦しさもどこかにあった。
読んだり、考えたり、書いたりする時間を全く取れずにいた。

昨日予定通り、まだまだ日本での暮らしに未練を残している様子の娘と子を関空まで送っていった。
今日の未明(ドイツ時間では昨日夕方か)、無事帰宅したとのメール報告を受け取り、まずはやれやれというところ。

メインパソコンを置いたデスクの前には、広河隆一監修の写真誌『Days Japan』から送られてきたパレスチナの子どもたちの写真が貼られている。
1年ぶりでやってきた娘はそれを見るなり「これは誰?なんで、Jxx(娘の子の名前)の写真と違うの?」と聞いた。

娘とその子の安定した暮らしぶりは親にとって何よりの安心。
そして年末年始には、幾組かの親族(主に娘の従弟たち)と交流した。
娘のところ同様、どこも若き良きパパ、良きママが子を慈しんで実にあったかい家庭を築いていた。
物心共に満ち足りたそのようすは、まぶしささえ感じる。

だけど、同じようにかわいい子どもたちがガザでは今この瞬間にも無残な目にあっているのだ、ということは心の隅から離れない。

滞在中にも、Jxxの素敵な表情の写真がいっぱい(娘の強い希望があり「子ども写真館」で着物姿も撮った)になったのに、相変わらずデスク前の写真を変えようとしない私に「どうしてパレスチナの子なの?」とまたもや娘はいぶかしがった。

夫は、「そうやなぁ、Jxxの写真に変えてもいいな。でも、まだ今はあかんよ。パレスチナでは今こんな子たちがいっぱい殺されているのだから」と娘に話した。
さて、娘はこの言葉をどう受け止めたろうか?

とにもかくにも夫と暮らす私の日常が帰ってきた。
ネットもブログもそろそろと再開。
ブログをご訪問いただく皆様には、年末も年始もご挨拶できませんでしたが、遅ればせながら2009年もどうぞよろしくお願いします。

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