2008年12月 9日 (火)

12月の職場

今の時期の職場は、はがき作成ソフトなどで年賀状を作成される生徒さんが多い。
仕事1年目だった昨年は「筆まめ」「筆王」「筆ぐるめ」などのソフトの勉強がなかなか追いつかず、ハラハラドキドキのインストラクションが続いた・・・。

今年は水彩ソフトを学ばれている方のほとんどが、年賀状も水彩でされている。
参考にするイラストやはがきを見ながら、ペンタブレットで描かれる。
ペンを運ばれるのは生徒さんながら、横にずっとついていてまるで共同制作のように気持ち。
もっぱらツールの使い分けのアドバイスなどをするのだが、生徒さんは一筆一筆手に力が入り、私は見つめる眼に力が入る。
それでいて交わす会話はとてもなごやか。
描く者もインストラクションする者も共に楽しんでいる。

どの生徒さんの作品も、既製のイラストを用いた年賀状のような無難なまとまりとはひと味もふた味も異なる。
パソコン利用とはいえ、手で描いているのだもの。
作成過程のようすも、はがき作成ソフトを学ばれる生徒さんとはこれまた少し異なり、とてもいきいきとされている。
「覚える」ことから解放されているし、手本はあるというもののクリエイティブな活動である為だろう。
そして皆、仕上がった作品をとてもいとおしそうにされる。

小さなイラストひとつを4時間かけて描かれた方もおられる。
手本にしたものとは似ても似つかない?けど、やさしくあったかい印象を受ける絵となった。
お人柄と描く事を楽しまれた時間がそのまま表れたのかな。

昨年は汲々として過ごした12月の職場、今年は水彩の授業が多いおかげで気持ちはとても晴れやか。
いきいきとして過ごされる時間を共有させていただくことがうれしいし、さまざま個性的な作品が仕上がっていくこともうれしい。

***************
画像は、田中一村「農村春景」を手本にして描いてみたもの。
絵心なんてちっともないし出来上がりはこんなものながら、それでもパソコンは「描いてみよう」という気持ちにさせてくれるありがた~いマシン。
(絵の具はいらないし、準備や片付けは楽だし、何より失敗しても「取り消し」ができるから描きぞこないの紙の山をみて気がめいることがないし・・・。)
年賀状 

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2008年10月 3日 (金)

新しい仕事で1年半

適応力全般が低下した年齢から始めた新しい仕事も、いつの間にか1年半過ぎた。
技量はまだまだだけど、人と人との関わりになるこの仕事はどうやら自他共に認める私に向いたもののよう。

勤務先のパソコン教室はマンツーマン方式ではあるが、練習問題は生徒さんひとりで集中してのぞまれる。
ついていたインストラクターはまた違う生徒さんに対してインストラクションを始める。
これはとても合理的な方法。
生徒さんにすれば(レッスン途中でインストラクターが変わることにもなり)多少戸惑いがあるかもしれないが、メリットも高い。
特に料金に関しては、インストラクターが効率よく動く分、完全マンツーマンスタイルのスクールよりかなり低額設定になっている。

経営者は若い起業家で「やり手の切れ者」だと思うが、そもそも私のような高齢者を採用しただけでも見どころがある(?)。
年齢を聞いただけでシャットアウト、は当たり前だもの。

効率を優先しながらも、生徒さんやレッスン内容によっては柔軟な対応をとっているところもいい。
重いハンディキャップがあり車椅子で来られている方は、レッスン中ずっと私がついていることを希望された。
少しご事情もおありなので教室も了承し、もう1年以上もその方のレッスンは必ず私が担当している。
できることはインストラクションだけなのだけど、信頼して心を開いていてくださることが伝わり毎時間良い交流をさせていただいている。
仕事を通じて人や社会を知り、考えることも多い。家にいる時間も好きだけど、仕事があることはやはりとてもうれしい。

思えば就職直後、職場があるビルの3階まで階段を上る足取りの何と重かったこと・・・。
ため息をつき悲壮感いっぱいで入り口のガラス戸を開けていた。
その時期を乗り越え、おそらくは最後の職場として今この仕事ができることを幸せだと感じている。

但し、年齢上かなりきついことも確か。
パソコン画面の長時間直視は目にこたえるのに、日々の学習(キャリアがないしこれは欠かせない)も含めて1日10数時間も画面に向かうことの負担。
加えて記憶力の低下。
もうだめ、という日が遠くなくやって来るかもしれない。
職場での一日一日も大切に、(密かに)「効率」とはできるだけ距離を置いて、ていねいな仕事をしていこう。

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2008年4月 7日 (月)

無理のできない年齢だ・・・

パソコン関係の仕事をしているので、「パソコンが大好きで得意としている」と思われがちだけど、実はそうではない。

できるなら何でも手書き(描き)でやりたいし、「機械モノ」全般はそもそも苦手。
ただたとえば文書作成で言えば、字が下手でレイアウトセンスも乏しい私は、手書きで美しく文書を仕上げるにはたくさんの時間と紙を要する。
それでいて、「字がへた」は改善されないので出来上がりに満足しない。
ところがパソコンを使えば、レイアウトをさまざま試みても時間はたいしてかからない。もちろん字も整っている。
同様に、表計算ソフトを使えば複雑な計算を容易にしてくれる。
あるいは、グラフィックソフトを使えば、絵心のない私でもそれなり(本当にソレナリレベルだけど)の絵が描けてしまう。

そういった魅力から、各種ソフトの機能を覚えて長年デスクワークにも利用してきた。
パソコンそのものの理解度や操作力も充分こと足りていたのだけれど、昨年たまたまインストラクターという職についてからは、「足りない」ことばかりになってしまった。

その「足りない」ことを補う為に、時間を見つけては勉強し続けている。
さらに、WindowsがVistaに、Officeソフトのバージョンが2007に移行したことに伴い、勉強時間はかなり増えた。
無理をしているという自覚は多少あったけれど、「人に教える」という仕事の性格上、ある程度無理をせざるを得ないし、何とか身体もついていくだろう、という過信もあった。

でも、やはり無理のできない年齢であったよう・・・。
数日前、全般的な不調に加えて、左目の下部が小さくピクピク動き、止まらなくなった。
(画面を見続けるので目への負担は大きい。)
よく見なければわからないほどの小さなけいれんだけに、「動いている」という感覚がない。(鏡で見てびっくり!)
以前からごくたまに右目に起きたけれど、それは「動いている」ということが感じられていた。

症状が顔に出たことがショック!
「動いている」ことが自覚できないことがショック!

で、すぐに日課の見直しをすることに。
睡眠時間や適度な運動の確保、パソコンの制限・・・。
あるいは、目薬のこまめな点眼や、目に良いといわれるサプリメントの服用・・・。
その効果のおかげ?で今は止まっている。

ああ、でもなぁ・・・。
「いい仕事、納得のできる仕事」をする為にはそんなことしていられない!という焦りがはや出てきている。

歳を重ねてから苦手分野を仕事とするのは、やっぱり大変?
いえいえ、大変さよりこの年齢で新しいことにはまり込むことのできる喜びの方がずっと大きい。

とはいえ、「無理」を重ねたら、結局好きな仕事から「撤退」せざるを得ない結果にもなってしまいそう。
「バランス(のとれた生活)!バランス!」と、お題目のように唱えるだけではなく、実態を伴わすことが必要なことは十分わかったのだけど・・・。

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2008年3月11日 (火)

個人宅でのパソコン教室

あれこれやりたいことはいつもいっぱいあるのに、悲しいことに何と言って得意なものがない。
それはそれで仕方の無いことだけど、「何で稼ぐか?」は常に頭の隅においておかなければならない。
ひとつの仕事に従事し積み重ねを確かにしている人に対して、ちょっとうらやましい気持ちがあるものの、自分はそれを選択してこなかったのだからしかたがない。

恋愛も仕事も「出会いの運」というけれど、運が良いのか「探せども探せども仕事が見つからない」という深刻な状況に陥ったことはない。
それでもキャリアというものがない身には、年を重ねるほどに求職に関して気後れは増すばかり。

昨年の今頃は職探しをしていた。
対象年齢を軽くオーバーしているにも関わらず、メールでアピールし面接にこぎつけた。
採用はされたものの、適応力、記憶力の衰えは自身の思惑以上のものがあり、一連の仕事の流れを獲得するまでに消耗した気力、体力は限界に近かった。
「たった1年、されど1年」、もはや今では同じことはできないような気がする・・・。

「(応募はたくさんあったのに)なぜ、キャリアもなく年齢が高い私を採用したのか?」は、いまだにある疑問だけれど、もしリストラがあるなら有力候補となるかもしれないという自覚はもっていたい。
また逆に、どうしても意に沿わない経営方針が打ち出されたなら撤退への道も考えたい。

ではその後、何で稼ぐか?
もはや仕事としての新しいものに取り組む勇気はありそうもない。
この含みもあり、また現職(長く留まる為に)のスキルアップの目的もあり、このところ以前にも増してパソコン画面に向かっている時間が増えている。
職に就いたのが高齢なのだから、キャリアを積むのに悠長なことはしておられない。
「その後」の稼ぎにパソコンを生かそうというならなおさらのこと。

そんな思いのあるところに、たまたま15年以上も会っていない知人が近くでパソコン教室を開かれたことを知り、さっそくおじゃましに行った。

教室開催のため、家の一角を改築されたようす。
思いがけないことに、自治体の保育士だった奥様が早期退職し共に運営されている。
夫の60歳の新しい出発に寄り添い共に時を刻んでおられるご様子は、「夫婦のあり方」という意味でも示唆を受けた。

自分の仕事内容も明らかにした上で、さまざまお話をうかがったが、勤務先のパソコン教室とはまた違うシステムによる運営も大いに興味が湧いた。
学びたいソフトもあるので、実際に受講してみる気になっている。

初めてパソコンに触った14年前から、パソコン関係では何度も「生徒」の立場になったけれど、インストラクターをしてからは初めて。
今の仕事(やその先での仕事)に生かせると判断した「投資」でもあるけれど、果たして・・・?

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2007年12月12日 (水)

「人参ドリンク」に感謝

職場では生徒さんから時おり差し入れがある。私は胃弱から量を摂ることができないので、飲食するものはかなり取捨選択する。
何にでも手を出さない為、「食べ物にいやしくない」などと見られることもあるのだけれど事実は反対。
いやしいからこそ、「特に好きでないものを食べて、大好きなものが食べられなくなる」ことを絶対に避けたい。
無理して自分が食べるより、何でもおいしそうにパクパクと平らげる若い同僚の食べっぷりを見ている方がよほど気持ちいい、ということもある。
人参ドリンク でも、きょうの差し入れ「人参ドリンク」には積極的に手を出し1本頂いて帰った。

エクセルの最初の関門は「相対参照・絶対参照・複合参照」。
初めての方には一度ですっきり理解することはまず無理だと思うけれど、できるだけ的確なイメージをもって頂けるように説明する。
「もっと工夫してわかりやすいインストラクションにしなければ・・・」とそれぞれ反応が違う生徒さんに接するたびに認識を新たにする箇所である。

この日の私の同年輩?の女性は素直に思いを言葉や表情に出される方なので、手に取るようにイメージをつかみきれていない状態であることがわかる。他のコースでも幾度かインストラクションさせていただいたお馴染みの方でもある。
「説明がわかりにくいんやろうなぁ~、疲れてはるやろなぁ~」と密かに申し訳なく思っているのに、
「こんな出来の悪い生徒やったら、疲れはりまっしゃろなぁ~」と逆に気遣いを頂いてさらに恐縮。
時間をかけている内に「何となくわかってきた気がするわ~」の声が聞けて取りあえず安堵。
始めるなり「エクセル嫌い」になってしまわないよう、便利で簡単な機能もちょっとだけ紹介しておく。

この日のレッスンを終了されて帰られたのに、しばらくして教室に戻られ「疲れはりましたやろ、みんなで飲んでちょうだい。これ、割とおいしいですねん」という言葉を添えて渡してくださったのが文頭の「箱入り人参ドリンク」。

にじみ出る人柄と飾りのない言葉から、頂いたのが「モノ」にとどまらず「気持ち」であることが伝わってくる・・・。
インストラクションするのは機械であるパソコンの操作についてだけれど、相手は人間。この仕事の最大の魅力は、時に「気持ちが通い合う」ことを実感できること。
この時も、ポワッと心にあったかいものが灯りうれしかったのだけれど、同時に苦い戒めも心に留めざるを得なかった。
インストラクションは「気持ち」を込めたものでありたいといつも思うものの、何より生徒さんが理解できる質の高い説明力が必須。
「先生、がんばってくれはったなぁ~(自分はようわからへんかったけど・・・)」と感謝されるなど、実に恥ずかしい・・・。伝わるのが「気持ち」だけではプロとして失格、と思う。

とはいうものの、まだまだ新米の自分が十分な仕事ができるはずもなく、こんなあったかい励ましは力の源。
通常は好まないドリンク剤だけど、「人参ドリンク」飲んでまたがんばるぞ~。

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2007年11月11日 (日)

「年賀状」に追われる

「年賀状」に追われている、と書けば「えっ、早いんじゃない?」と言われそう。
その通りで、自分自身の年賀状はまだ買ってもいないし、2008年用のデザインも考えていない。
追われているのは、この時期に発生する「ハガキ作成」コースのインストラクションの為の勉強。
自分ではハガキ作成ソフトは表面の印刷くらいにしか利用してこなかったので、ほとんど未知の領域。
しかも代表的なソフトだけでも、「筆まめ」「筆ぐるめ」「筆王」と3種ある上に、それぞれにバージョンが複数存在する。
教える側にとっては、生徒さんの要望に応じたソフトとそのバージョンの徹底的な理解が必要ということになる。

パソコンのインストラクションという職業に就いて約8か月。
自分がそのソフトを「使える」ことと「教える」こととは、要求される質と量がまったく異なることを思い知らされている。
ましてやほとんど使っていなかったハガキ作成ソフトなら、そのどれについても徹底検証をしておきたい。
実は、このような考え方は経営者や他のインストラクターとは少し違っている。
職場では「ハガキ作成ソフトはそもそも簡単な操作で扱えるようにできているし、どれも似たようなもの。その場の対応で何とかなる」というのが主流。
でも、私はそれがイヤ。
どんな簡単なソフトでも一通りの理解はもちろん、できる限りの質問を想定して、常にプロらしい対応ができる備えをしていたい。
(それに・・・、年と共に反射的な対応力が衰えてきているし・・・)

入社当時は、どんどんいろいろなコースに入らせようとした経営者側と、そのコースの学習が済むまではインストラクションに入るのを拒んだ私との間に衝突、あるいは話し合いが数回あった。
今では、経営者は私のやり方やペースに理解を示してくれているけれど、ハガキ作成ソフトにおいては、「待ったなし」であることは十分承知。
生徒さんが2008年用の年賀状作成に間に合わなければ意味がない。

というわけで帰宅後も家事は最低限にして、マイパソコンに3種のハガキ作成ソフトを入れてあれこれと操作確認をやっている。(といってもそんなに時間がないので焦り・・・)

さて、皆様はどのような年賀状を送られるのでしょうか。
私は、ネット上のグリーティングカードも利用していますが、パソコン環境がない友人もたくさんいるのでやはり年賀状は欠かせません。

今年は、手描きとまではいかなくても、パソコンの水彩ソフトで絵が添えられたらなぁ~と考えています。やはり裏面にハガキ作成ソフトを使うことは無さそう。

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2007年10月24日 (水)

後輩が5人も・・・

新しい仕事に入って約7ヶ月。勤務シフト表の名前欄には、私の下に5人の名前がある。
入社順に並ぶので既に5人も後輩がいることになる。
少し前に入った2人は人生経験も仕事のキャリアも十分な人。
私も依然「新人」として甘えてきたけど、最近に続けて採用となった3人は年も若いし、学生アルバイトの人もいる。
自分の入社当時を思い起こせば、インストラクションのぎこちなさはともかくもスタッフ仕事の煩雑さにパニックの連続。
詳細の把握、平行して複数の仕事をこなす手際、かつスピーディな動き、すべてを要求されるもので、いやでも加齢による衰えをも思い知らされた。

若い子たちはすぐに適応していくだろうけど、でもやっぱり始めはたいへん。
「できるだけのカバーはしてやりたい」、などと思えるのは、少しは自分にも余裕ができたからかな。
「しっかりせな、あかんわ」との自覚は強いものの、逆にこの年齢になっても尚「しっかりしてない」自分にも少々あきれている。
いつか「しっかりする」日は来るのかなぁ・・・?

とはいえ、若者たちのいる職場は何と言っても華やかさと活気があって楽しい。
しかもそろって個性的ながら気立てがいい。たとえば1人は芸大生で「デッサン」を話題に始めから大盛り上がり・・・。
気が付けば、キャリア十分の後輩たちにはパソコンソフト等に関していろいろと「教えてね」と頼り、若い子たちにも、デッサンばかりでなくその子たちの得意分野などに関して「また教えてね」と声をかけている。(そのどれも私は興味津々・・・)
こんな情けない年の離れた先輩でも、みんなにこやかに接してくれることがうれしい。

今に至るまでには、ストレス並びに、自分の力の限界を感じて退職を申し出たこともあった。
誠意をもって引き止められなかったら、既に退いていた職場であったはず。
大きな山を何とか乗り越えたあとは、どんどん好きになっていく今の仕事。
この年齢になってやりがいのある新しい仕事を得たことは奇跡のように感じるし、感謝の気持ちもいっぱい。
年齢だけで振り落とさず採用を決めてくれた経営者、スタッフたち、しんどい時期を支えてくれた家族や友人、ブログ友たちにも励ましていただいた。
そんな周りの人たち以外にも、何か漠としたものへの感謝もある。
それは神様でも運命でもなく自分をとりまく大きな流れ、のようなもの、かな。
そして、自分にもちょっぴり、「よくがんばったね」と褒めてやろう。

しかしながら時に無鉄砲と言われる私も、できるならもう「新しい仕事」への挑戦はこれっきりにしておきたい。
趣味に関しては「劣等生」に甘んじても好きなことを臆せずやりたいけれど、「仕事」には責任という大きなものが伴う。さすがに限界、かな。

でも既にどっぷりつかった今の仕事にはまだ限界を感じない。
質の高いインストラクションを通じて、生徒さんたちとさらに良い交わりをもてるよう、(相変わらず周りのスタッフたちにも頼りながら)勉強していかなくてはね。

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2007年10月17日 (水)

失敗、失敗!

仕事がお休みの今日は朝から秋晴れ。
水曜日に休日を入れることが多いのは、映画がレディスデーで1000円になる曜日だから。
とはいうものの、なかなか近隣に映画館があるわけでもなく観る機会は少ない。
きょうこそ、と思ったけれど、まぶしいような陽射しとさわやかな風があおるのは「家事」への誘惑。
気候のいい季節に、時間に追われないでする家事はとっても気持ちがいい。
そんなわけで、ふとん干し、シーツなどの大物の洗濯、煮込み料理の下ごしらえ・・・などをのんびりと始めていたところに電話が・・・。

職場からで「どうしましたか?」
「はっ?」
「遅れて来られたことなどなかったのに、どうされました?」

何と、今日はお休みなどではなく出勤日だとのこと。
(1ヶ月前に休み希望を記入するシフト表に、自分では書き込んでいたつもりが、書かれていなかった)

既に出勤予定時間を5分ほどオーバー。
「できるだけすぐに行きます」と答えてから職場に着くまで15分。
外出予定がない休日は「スッピン」。そこへいつもの5分化粧を3分で、そして着替え。
職場の自転車置き場まで8分かかるところを飛ばして6分。あとはひたすら走る・・・。

謝罪の言葉もそこそこにすぐにインストラクションへ。
したたり落ちようとする汗だけど、さすがに快適な季節では治まるのも早い。

家事も心地いい、仕事も心地いい、秋晴れの一日は何をしても心地いい。
その季節のさわやかさは、「とんだミスをしてしまった・・・」という気落ちまで振り払ってくれたよう。
長い間いろいろな仕事をしてきたけど、うっかりミスで仕事に穴をあけたことは恐らく1回もなかったと思うけれど・・・。(たとえ30分弱であろうとも)
この仕事に就いてからも、シフト表で翌日の自分の勤務を確認忘れをしたのは昨日が初めて。
それさえしておれば、休日であるとの思い込みは既に昨日で解消されていたはず。
きょうはたまたま予定が何も入っていなかったけれど、約束があったならそちらにも大迷惑をかけてしまうところ。
あらためてシフト表に記載された休日と自分の手帳のスケジュールとを照合した。

ミスはミスでも、ある程度取り返しができる状態でよかったなぁ(外出していたらすぐには職場に入れなかった)と思いつつも、「お休み」が1回とんじゃったのは痛い・・・。

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2007年6月18日 (月)

1日、30時間ほしい~

気がつけば、職場に通じるビルの階段を昇るときに必ず湧いていた「暗~い気持ち」がなくなっている。
慣れないことやキャリア、実力不足から起きるストレスが随分緩和されてきたのだろう。
若者なら、ここからいよいよ本領発揮!さらに仕事を楽しみ力もつけていく・・・ということになる。

ところが当然ながら、これは自分にはあてはまりそうもない。
階段を昇るとき、気持ちは暗くないけれど文字通り「足が重い」。
心は随分軽くなったのに身体が疲れきっている・・・。

毎日というわけでもないけれど、時に9時間を越えるインストラクションになる。
その間、立ちっぱなし、しゃべりっぱなし、パソコンの画面も注視し続ける。(操作のまちがいを見落とさないため、常に目を凝らしている)
もちろん前後や間にスタッフ仕事もあるので、そんな日はかなり長い拘束時間となる。
ぐったり疲れるのだけど相手が「人」(次々と対象が変わるし)だから、気持ちは入り続ける・・・。

というわけで、このところ明け方にきまって足がつり目を覚ます。
どういうわけか痛みは右足首の側面あたりに走ることが多い。この位置の場合、通常の対応のように足先をそらせばさらに痛みが増す。
対処方法がわからないまま、数分間痛みをこらえ続けることになる。

光の輪のようなものが出てきて見えにくくなるという症状も発生し、眼科にも行った。

肩と腰の痛みから整骨院にも。(続けて来るように言われているのに時間が取れず一度きり)
「かなり危ない状態、ぎっくり腰になる可能性も高いので落としたものを取るときなど要注意」とのこと。

「じょうずに年ととる」というのは心もだけど、無理のきかない「身体」とうまく付き合っていくということが大事、なのかもしれない。
それは、「あれもしたい、これもしたい」という欲をそぎ落としていくこと?
疲れて帰るのに、明日はもっと質の高いインストラクションができるように学習しておきたい!という欲だけはムクムクと湧いている。
それでいて仕事以外のことにも目を向けていたい・・・。
戒められるべきなのは「墓場まで持っていけない」といわれる“物”に対する欲ばかりだけではなさそう。

などと言いながら、1日が30時間くらいあったらなどと考えてしまう毎日。
思いと身体とのこのアンバランス状態、どうなっていくのだろう・・・。

何はともあれ、きょうはうまく半休がとれ最優先したのは身体が要求した「睡眠」。
久しぶりに少しお昼寝をしたら、てきめんに身体が随分軽くなって気持ちいい。
簡単なものだけど「一人の夕食」も作った。
あとは掃除と明日の予習とブログ回りと読みかけの本と・・・、やっぱり1日30時間ほしい!
晩ご飯

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2007年5月25日 (金)

老いの超え方

きょうのタイトルは吉本隆明著『老いの超え方』から借りた。
まだ半分くらししか進んでいないけれど読みながらいつも「ああいやだ、いやだ」と思う。「いや」なのは年をとることではなく、文脈にさらけ出された「老いた身体」に向き合うこと。
それでいて投げ出すことができず、また手にとっては続きを読んでいる。
若い日にこの人の著書に読みふけったというわけではないけれど、自分なりのイメージがあった人だけにその赤裸々に描かれた「老い」の実態を受け入れにくい。
吉本隆明氏自身は「老いを超えられた」のだろう、でも私はまだ「高齢」の老いは超えることはできない。

とはいえ最近「老い」の小さな山はひとつ越えた(ような気がする)。
「老い」について考え込むようになったのはパソコンのインストラクターとしてたくさんの生徒さんと接するようになってから。
生徒さんは老若男女さまざま。
理解力とパソコン操作能力などにおいて、個人差というものではなく若者と中高年の間に歴然とした差があることを毎日見せつけられている。
それは「若さは才能」ということだし、中高年になれば衰えがあるということ。

さて、私の職場はレッスン中も全体の目配りは欠かせないし、時間ごとの受付や終了のスタッフ仕事もかなりのテキパキさと正確さを要求される内容になっている。
少し慣れて要領も飲み込んできたとはいえ、納得できるような仕事振りではない。
遅々として進まないテキスト学習のこともあり、自分の見極めとして「衰えた今の年齢ではこの仕事をこなすのは無理」という結論を出した。

その結論とそこに至るまでの経過を経営者に告げたところ、慰留の為の熱心な説得が続いた。
経営者の主な言い分は「仕事は十分できているし、生徒さんの反応もとてもいいのに辞めるのはお互いにとってもったいない」ということ。

他者からの評価を聞きながら、思い至ったのは自分が余りに「衰え」を意識していたこと。
ハードな職場にあって、常に(もう少し)若かった頃と比べて今の自分を見ていたということ。
「若かったときはこれくらいのことは完璧にこなせただろうに、小さなミスを繰り返したり覚えが悪いのは衰えたからだ・・・」といったように。

10年ほど前、ママさんバスケットボールのチームに入った。
そこでまず言われたのは「若い頃はできた、というように考えたらあかんよ。若いときとおんなじようにはできないのが当たり前やし。
昔はできたのに今はできない、と思ったら落ち込むし無理もしてしまう。今の自分が楽しむことが大事やから」

「中高年」の老いの超え方はコレに尽きるのかもしれない。
若かった頃と比べず、年齢と経験を積み重ねてきた今の自分自身をみること。
まだできること、がんばれることはいっぱいある。(もちろん楽しむことも)
小さなミスは「しゃあない、しゃあない」と気にかけず、理解力や記憶力が乏しいのも「その割にはがんばってるやん」と受け入れよう。

もとより嫌いな仕事というわけではなく自分の能力に見切りをつけての撤退だった。
今一度、「今の自分」の力を信じてやろう、と思い直している。
今の自分がせいいっぱい頑張っているのに、まずは自分自身がそれを認めてやろう。

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2007年4月15日 (日)

今の仕事が好きだから

職場に入るときはいつも過度の緊張とストレスがある。
インストラクターという仕事そのものは自分にあっているとも思うしやりがいもある。
もっとも向こう見ずに飛び込んではみたものの、今ではそれが「専門職」であることも自分にはキャリアも実力もないことは十分思い知らされている。
(かなり知力が衰えている)今からそれを積み重ねていくことの覚悟もある。
ところが時としてその相当の「覚悟」を超えた職務命令が出る。
「過度の緊張とストレス」はここからくる。

教室で教えるソフトはワードやエクセルを始め20種を越える。さらにたとえばワードであっても「検定試験対策」となれば授業の内容は正に試験向け、通常使わない操作がふんだんに盛り込まれている。
できるだけ自主学習を進めているものの、それだけの質と量をこなすにはまだまだ時間が不足。

きょうは、私がまったく学習でまだ手をつけることができていないコースのインストラクションをするように急言われた。(基本はマンツーマンスタイル)その生徒さんのところに行くものの、テキストも見たことがないし授業の進め方もまったくわからない。
ビジネス文書に関する検定用のコースで生徒さんは高校生。
真剣に将来を見据えて習いに来ているのだろう。
時間も短かったので「お茶をにごす」ような授業で済ませたものの、自分としてはこのままで済ますことはできない。
すぐに辣腕の経営者に話しをしに行った。
経営者は切れ者で厳しく、どの従業員も経営者の意向にすべて従っている。
それなのに従順で素直そのもの思われている(私は「おかしい」と感じないことにはきわめて素直に従える)新人が「もの申した」ので他の従業員はびっくり、職場に緊張が走った。

言いたかったのは決して「文句」ではない。
結果的に生徒さんに対して無責任なこと(生徒さんが若い子であればなおさら私は大人として実にはずかしい)になるような授業に今後もインストラクションに入らなければならないのなら自分にはこの仕事はできない、ということを冷静に伝えた。
今まで何回か転職してきたけれど、どの仕事に対しても無責任であったことはない、と自負している。

キャリアも実力もないのはとても残念だけど、すべてのコースにおいてインストラクションできる力がないのは事実。
それでもできるだけ時間をとっている自主学習は順次結果としてでてきており、入ることのできるコースも増えてきてはいる。

経営者の方針とあくまで不一致をみるなら退職もしかたなし、の心つもりであったが意外にも(取りあえず)主張はすべて受け入れられた。
経営者のめったに見られない「譲歩」も周りを驚かせた。
今後は私が学習の成果をこまめに報告し、その進み具合に準じて担当するコースを増やしていくようにするとのこと。

実のところ、実際にどのように展開していくかは明日以降になってみないとわからない。
切れ者の経営者のこと、何がしの考えがあるに違いない。
とはいえ、自分としては「絶対に譲れないもの」を譲ることなく職場にとどまることができた。
ただ主張が受け入れられただけに、(スキルが劣る)自分の方にもさらに努力が必要という気持ちが強い。
でもそれはまぁ「意気込み」といったようなもの、自信のないコースに入らなければならない可能性があった時の「過度の緊張とストレス」が少しでも軽減されるのなら、できるだけの努力は買ってでもしたい思い。

と言いながら、テキストに向かわずブログに向かっている・・・ちゃんと息抜きもできているということか。

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2007年3月25日 (日)

負うた子や負うた子と同じくらいの子に助けられ・・・。

自分の年齢に不足はないけれど、「若さというものは美しいものを抱いているなぁ」と感じることは多い。
その美しさは、やさしさとして発露されることも多い。
かなり適応力が落ちた年齢から、初めての職種に挑んでいる私には毎日が修行。
自分でも信じられないようなミスを頻発し落ち込むときも多い。

休憩室でぐったりしていると、我が子と同じくらいの子が話しかけてくれる。
「失敗と思ったらダメなんですヨ。生徒さんにいい勉強をさせてもらったなぁと思えばいいんです・・・。」

「だいじょうぶですか?」や「たいへんですね」といった世慣れた前おきなどなくトツトツとした口調で、「大変そう」とみた私をいたわってくれる。

その言葉もうれしいけど、鋭い感性と素直な表現をもつ若者の存在自体に励まされる。
「人って美しいなぁ、若者って美しいなぁ」と思えることが、元気の元になる。

家でも若者に元気をもらっている。
朝から家を出て夜の10時に帰っても、温かいご飯が待っている。
この春から1人暮らしをする息子が、毎日メニューに工夫をこらして作ってくれているから。
疲れた?顔で帰ってきた母親に「おかえり」と声をかけ、すぐに温め直してくれる。
「今ちょっと大変」なことをしっかり感じ取り、できることで支えてくれている。
過剰なねぎらいのことばもなく、もちろん恩着せがましい態度もない。
彼にとっては、自分の心に感じたものをストレートに出しているだけ。

今の私はなかなか社会の動きにまで目がいかないけれど、この輝く若者たち(すべての若者が輝く社会を!)の世代、そしてまた次の世代・・・といつの時代であっても人としての尊厳を保って生きていくことのできる社会と地球環境を残してやりたいという思いは強い。

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2007年3月16日 (金)

崖から這い上がる毎日

「ライオンは子を自立させるために崖から突き落とす」と言われるけれど、今の職場の状況がそれ。
容赦なく毎日崖から突き落とされている。
たとえば、まだ対応できるかどうかわからないようなソフトのインストラクションを否応なく突然担当させられる。
開いているテキストを見て、今何を学習されているのかを判断し、説明し質問にも答えなければいけない。
たくさんのソフトに対応した幾種ものコースがあるのでテキストの数も半端ではない。
さらにはテキストから離れて、知りたいことばかりを聞きにこられる生徒さんもおられる。
生徒さんに「わかりません」と言わなければならないような恐ろしい状況を避ける為に、せめて必死でテキスト学習をしておく必要がある。
生徒さんが何十時間もかけて進めるテキストを片っ端から予備学習するのだけれど、何を聞かれても対応できるように一つ一つの課題を検証するので1冊がなかなか終了しない。

それでも確実に力はついていく。
それが「崖に落とす」経営者のねらい。もちろん親ライオンのように愛情からではなく、「役に立つ」人材にする為なのだけど。

生徒さんの個性もさまざまだし、自分の実力不足も自覚のあるところ。言わば毎日がドキドキのぶっつけ本番。
今のところ家事は最低限しかできないし、体重も落ちた。
そんな状況でも不登校?にも陥らず、バタバタと出勤する気力が湧いてくる大きな理由は3つほど。

ひとつは、積み重ねていくことの実感がうれしいこと。
もう「高年」と言っていい今の年齢からでも新しいものを積み重ねることがきるなんてすばらしい、と思う。
もうひとつは、「とことんやって無理なら潔く撤退しよう」という開き直りがあるから。
もともとどこまでできるか未知数で入った職種。自分で「無理」と見極めたなら経営者の思惑など意に介さず(倒れる前に)退くつもり。
ただなるべくならそうならないように、とは願っている。
最後のひとつはやっぱり生徒さんとのふれあいが楽しいこと。
顔なじみの方も増えて、すれ違ってもにこやかに挨拶して下さる方も多い。
「わかるようになったわ~。ありがとう!」といかにもうれしそうな表情を見せてくださる方もおられる。
(実際のところ、経営者の顔色なんかたいして気にしていない。生徒さんに喜んでいただきたいからこそ時間を惜しんで学習をしている)

そんなわけで朝から晩までスクールに詰めてレッスンや学習をしている。土、日も関係なし。
いろいろ気になる社会の動きも追いかけることができないことに不安を感じつつ、今は修行第一。
明日もおそらく崖から落とされるだろうけど這い上がってくる・・・。

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2007年3月12日 (月)

「社会を」知ることと感じること

新しい職場を得てから、一日の内、少なくとも15時間以上仕事関係に費やしている。
当分はこの状態が続きそう。
大好きな映画鑑賞はもちろん、読書や新聞を読むことさえままならない。
テレビも見ないし、ラジオも聞いていない。
社会の動きも、特定のお気に入りブログから得ている情報から部分的に知るくらい。
でも家庭にいて豊富な時間から「社会」の情報を得ていたときより、ずっと「社会」を感じている。

「存在が意識を規定する」、若い頃はそんな話しを友人たちとしたことがあったっけ・・・。
今でもやっぱり、どんな生活を送っているかによって思いつくことのできる事柄には一定の枠があるというのは真実だと思う。

たとえば、「格差社会」の深刻さを情報としても得ても、自分がある一定落ち着いた暮らしを保てる家庭にいる限り、実感は湧いてこない。
もう少し具体的なことで言えば、いまやパソコンは中高年には扱えない人がいても若者にとっては使って当たり前、使えて当たり前のもの、という意識が自分にはあった。
Webの世界には若者があふれているし、自分の子や友人の子たちもすぐにネットから情報を取り出すのを見ている。

ところが、パソコンスクールにはとても若い男性が習いにきている。
真剣に説明を聞きながらぎこちなくキーボードをたたいている。初めてその姿を見たときは衝撃を受けた。自分の想像力の乏しさに、である。
「自然にパソコンを操れるようになるのは、パソコンのある環境で育った子だけなのだ」という当然のことがわかっていなかった。

それどころか(操作を覚えたくても)習いに来ることさえできない若者がいっぱいいるのだ、ということもようやく想像することができ始めてきた。

社会にうごめいているさまざまなことや人は、いつも私の興味を惹くけれど、家庭にいる限り「知る」チャンスしかない場合が多い。どんな仕事でも(もちろん仕事に限るわけではないけれど)社会に交われば生の感覚として得ることができる。これは働くことの大きな魅力のひとつ。

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2007年3月11日 (日)

厳しい職場

保育現場での仕事が長かったから、転職を繰り返していると言っても民間企業での経験は4社くらい。
わかってくるにつれ、その中で今のところが一番「厳しい」と実感。
責任者と思っていた若い男性が実は「社長」だった。
パソコンスクールがどこも大入り満員だった時代はとうに過ぎた。
起業して成功しているにはやはりそれだけの要因がある。

ivanatさんがコメントに書いて下さった「お客さんへのサービスの形態・顧客満足度等のマーケッティング調査もかなり進んでいる」、正にその通りということがようやく私にもわかってきた。
「生き残ってきた」経営の方針は、幾十、幾百もの具体的な決まり事になり従業員への徹底が図られている。
インストラクターといっても、生徒さんの受付や準備物、PCの割り振り、次回の予約の受付、現金の授受・・・などレッスン以外にスタッフ仕事が盛りだくさん。

オリジナルの予約一覧表や生徒さんのカルテも機能性を考え抜いたもの。
書き込む内容が、慣れるまで理解しにくい上に、ひとつひとつが重要な意味をもち小さなミス(乱れた字を書くとかも)許されない。
同時刻に来られる、あるいは帰られる複数の生徒さんにテキパキとそれでいてまちがいのないよう対応していくのは、新人にはなかなかむつかしい(年齢が高ければよけいに・・・)。

「まちがいは先輩、後輩関係なくきちんと正す」ということもスクールの方針にあるので、社長はもちろんだけれど、若い子からも容赦なく不適切なことがあれば注意を受ける。

初めてスタッフ仕事をした昨日、私が受けた注意は数え切れないくらいあった・・・。
「やさしく教える」といったものではなく「ビシッ」「ビシッ」と言われる。
きちんと説明を受けた内容に関してばかりではないので、理不尽と言えなくもないのだけれど、反感が湧くことはまったくない。

言い方がきついものであっても、その注意は個人的な感情から発したものではなく、仕事の質、スクールの質を上げる為のものであるとわかっているから。
これは、自分の仕事の質、自分が働く場の質を上げたい、という自分の希望とも一致する。
相手が若い子であっても真剣に聞くし、まちがいは改める。心から「言ってくれてありがとう」という気持ちがある。

とはいえ・・・もちろんその裏にある「気の滅入り」もなかなかのもの。
上手に気分転換しながら一番しんどい今の時期を乗り越えるしかない。
何と言ってもこの年になって、また新しい人生を始めるチャンスを与えられたのだもの。

あぁ、そうそうインストラクションに関しては思った以上にスムーズにこなせていて、周りも安心しているようす。
どうやら完全劣等生であることだけは避けられた・・・ヤレヤレ。

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2007年3月 7日 (水)

パソコンを使う、人相手の仕事―「知識はあとからでもついてくる」

デスクワークを続けてきたものの、人相手の仕事がしたいという希望があった。
そこで得意というには憚られる程度ではあるけれど、思い切ってパソコン教室のインストラクターという職種に応募してみた。

自分のパソコンスキルが果たしてインストラクションをこなせるレベルかどうかもわからず、
インストラクターという職業の詳細もわからず、
そのパソコンスクールの運営スタイルもわからず・・・という状態で受けた実技試験。

試験内容はパソコンを使ってのファイル作成やペーパーテストなど。
どのような問題であれ「インストラクターを目指すなら完璧にできて当たり前」との考えがあった私は、始まるとすぐに顔から血の気が引いた。
ファイルが時間内に完成しそうもない、というよりどうすればよいのか全くわからない部分が幾つかある・・・。

でも、引いた血の気はまもなく戻った。スッパリあきらめがついたのだ。
「やはり自分ができる職業ではなかった」と。
実技試験は、自分のパソコンスキルを客観的に知るという貴重な経験となった。
安易に応募して時間をとらせたことさえ申し訳ない気がして(面接者の対応も非常に良かったので)、できるだけの回答をすませたあと、ペーパーテストの裏に若干の感想とお礼を書き記して退出した。

ところが意外にも翌日には責任者の方から「採用」との電話が入る。
うれしさより先に立つのは訝しさ。
「試験の結果も良くなかったのになぜ?(年齢でのハンディもあるのに)」とまず尋ねずにはおられない。

「スクールの方針として、生徒さんへの接し方を何より大切にしています。知識はあとからでもついてくるものです」
この返答にガーンと頭をなぐられた思い。
と、同時に具体的には知らなかった「インストラクター」という職業にのめり込みそうな予感。

「知識はあとからでもついてくる」
人に関わる仕事をしたいと言いながら、それに必要なものは完璧な知識や技術、と思い込んでいたことが大きな間違いと気付かされたのだ。

たとえ知識や技術を教える為の教室であっても、対象が人である限りまず大切なのはその人を「受け入れる」ことであり、相手からも「受け入れられている」と感じてもらうこと。
(ましてや子どもたちの学校なら尚更のこと、学校は知識を教え込むところではない!)

採用基準の最大ポイントは、どのような人でも受け入れられる要素をもつ者か、また生徒さんにそのように感じてもらえる雰囲気があるか、ということのよう。

自分が「完璧」であろうと思うこと、「完璧」だと思ってしまうこと、それこそが人に何かを教えるときに絶対にあってはいけない感覚であることを、まず最初に学ばせてもらった。

このパソコンスクールでの仕事にぐいぐい惹き付けられていくのを感じた。

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2007年3月 6日 (火)

面接に至るまで

【(中年)新人奮闘記】 というカテゴリでの初エントリー。
本当のところ、中年より高年の方が適切かも・・・?

最近転職した。
転職も数年おきに繰り返している内に、「年齢」を告げるだけでシャットアウト、書類選考の段階にも至らない・・・という状況に入ってきた。
実は数ヶ月前に新しい仕事についた。
楽な職場ではあったけれど、最後の職場?とするには余りにモノ足らない。
自分がどこまでも欲深いことにあきれ果てながらも(採用されただけでも感謝すべきかもしれないのに)、見切って退職。

これに懲りて、次はその自分の「欲」を満足させる仕事にアタックすることを決意。
もちろんそういったところ(まぁほとんどのところなんだけど)は、たいてい求人対象年齢に制限がある。
2月下旬、職安で応募したいところを見つけたが年齢条件が合わない・・・。

職安の窓口を通すと、まず担当者が募集企業に「○○歳の女性で応募ご希望の方がいらっしゃいます」と電話で連絡する。
(その前に、応募の者は「募集該当年齢を上回っているので、面接に至らないかもしれないですヨ」と宣告される)
そして担当者の思惑通り?面接には至らない・・・。
職安は決して、積極的に「再チャレンジ」の後押しをしてくれるところではない。

その内情がわかっているので、窓口には頼らず職安では求人票を印刷して持ち帰るだけ。そこに書かれていたメールアドレスに、自己アピールを書き連ねて送信。
連絡があるかどうかの確率は五分、という予測。

実際に「面接します」と連絡があったときには「アピール内容は誇大だったかも・・・?」と応募までの強気はどこへやら、早くも尻込み・・・。
面接は「年の功」でこなすとしても、実技試験をクリアーできるのだろうか・・・?
この年齢の自分に、若者の間を押し分けてまで入っていく根性と実力があるのだろうか・・・?

でも・・・今さら逃げ出すわけにもいかない。

当日は、応募多数のため数回に分けての複数面接。
私は20代の男の子と一緒だった。
さすがに長く生きてきただけ本番では図太い。心の中でうずまく不安をまったく顔に出さず、質問にハキハキとそれでいて柔らかい口調で澱みなく返していける。
隣の若者の返答に「あっ、そんなこと言うたらアカン、そのことば使いもアカンで」とヤキモキ思う余裕さえあった。

面接担当の方は、私よりずっと若い男性。問答を通してその人間性や仕事に対する真摯な取り組み方が伝わってくる。
「この人の元で働きたいナ」と、かつて面接で向かい合った幾人かの「社長」や担当責任者からは一度も抱かなかった印象をもった・・・。

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