2008年9月10日 (水)

『死ぬまでにしたい10のこと』

『死ぬまでにしたい10のこと』イザベル・コイシェ監督のDVDを観た。

23歳のアンは、17歳で子を産み今では2人の母親となっている。
夫はやさしいが経済力はなくトレーラーハウスでの暮らし。アン自身も夜は清掃の仕事に就いている。
そのアンはガン末期で余命2、3ヶ月との宣告を受ける。
一人コーヒーショップで「Things to do before I die(死ぬまでにすること)」を手帳にリストアップしていくアン。

・娘たちに毎日「愛してる」と言う。
・娘たちの気に入る新しいママを見つける。
・娘たちが18歳になるまで毎年贈る誕生日のメッセージを録音する。
・家族でビーチに行く。
・好きなだけお酒とタバコを楽しむ。
・思っていることを話す。
・夫以外の人とつきあってみる。
・爪とヘアスタイルを変える。
・誰かが私と恋に落ちるよう誘惑する。
・刑務所にいるパパに会いに行く。

An1_2 やりたいことが何一つない、という人生は考えられない。
何歳になってもやりたいことは必ずあるだろうから、訪れる「死」がいつであってもきっと未練いっぱい。
でも少なくとも、今それが自分に訪れたとしても23歳の時よりはずっと受け入れやすい(と思う)
少なくとも私は、アンが記した10項目の意味合いが十分理解できる経験と年齢を既に重ねている。
この10項目には性差や年齢、経験などによって感じるところはさまざまだろうけれど、私には大いに納得、いやそれ以上に感嘆さえ覚える。

映画の原題は『My life without me』
若くして結婚したアンは夫以外の人ともつきあい「やり残した」自己の欲望を成就させていくが、何よりの望みは、自分がいなくなったあとも愛する者たちが幸福であること。
これは、愛する者を残して自分だけが逝くことの恐怖、悲しみ、恨みにとりつかれることのない唯一の救いであるのかもしれない。
愛する者がいること、その者たちの幸せを心から願えること、それだけが死を安らかに迎えさせてくれるような気がする。
もちろんそれは、生きているときも何より安らかさや力となってくれるもの。

「死」のことは機会あるごとにいろいろ考えるが、実は『楢山節考』のおりんばあさんのあっぱれな生きざま、死にざまに大きな影響を受けている。
これからは「死」について考えるとき、この映画のサラ・ポーリー演じるアンのことも必ず思い出すに違いない。

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2008年2月10日 (日)

『デッドマン・ウォーキング』に見入る

少し前に書いた宅配レンタルDVD「TSUTAYA DISCAS」。
なかなか観る時間はとれないし、時間があれば映画館鑑賞を優先したいし・・・で「契約を続けているのはもったいないかなぁ・・・?」と考え出していた時、『デッドマン・ウォーキング』を観た。
まるで映画館での鑑賞であるかのように123分間、画面に見入ってしまった。
宅配レンタルDVDはやっぱりいい!
見逃した良作との出会いの可能性がいっぱいあるもの。

さて、画面にくぎづけとなった『デッドマン・ウォーキング』
1995年製作 ティム・ロビンス監督・脚本
この作品でアカデミー主演女優賞をとったというスーザン・サランドンが何とも魅力的。
ニュー・オーリンズの「希望の家」でシスターとして働くヘレンを演じている。
相棒と2人でカップルを惨殺し死刑囚となったマシュー(ショーン・ペン)から手紙を受け取り、交流が始まる。
マシューに寄り添いながらも、被害者や遺族の苦しみ、悲しみも受け止めようとするが、「両方の立場に立つことはできない」と拒否され、「極悪非道」の死刑囚側に立つ者として世間からも非難をあびる。
「立場」にとらわれることなく、傷つき苦しむ者の助けとなりたいとの思いは、信仰に裏付けられたものというより、「ハートが大きい」(ヘレンの母による形容)へレンにとっては自然なものであるのだけれど。

愛する者を惨殺により奪われた家族。
穏やかで笑いに満ちた日常は失われ、それを「加害者への憎悪」で埋めることで必死に耐えながらも、心の平和は戻らない。

迫り来る死刑執行の日が近づく恐怖に怯えながらも、差別的、傲慢な態度を崩さないマシューが、次第にヘレンの真摯な愛に包み込まれ、人間的な本質を表出させていく。
家族への愛、犯した罪の自覚や後悔、贖罪の思い・・・。
ヘレンや弁護士による死刑停止へのあらゆる手立ても功を奏さず、遂にその日、その時刻はやってくる。
そして「人道的」とされている致死注射による刑が克明に描かれる。

凶悪犯罪は確かに恐ろしい。
だけど「人を殺す」ことが社会に認められたシステムとして存在することは、もっと恐ろしいことではないだろうか・・・?
執行日の決まった死刑囚は徹底して予防され自殺は許されない。

死刑制度について反対の思いが揺らぐことは今までもなかったけれど、死刑も重犯罪も決して身近なことではないので、具体的なイメージをもって考えることはできていなかった。
重罪を犯すということ、被害者(遺族)となるということ、死刑制度というものなどの真実(の一部ではあるだろうけど)をこの映画は突きつけてくれた。

ヘレンと一体化したようなスーザン・サランドンの自然で表情豊かな演技、大きな瞳にたたえられた大きな愛。
さらには死刑囚マシュー役のショーン・ペン。
好きな俳優というわけではないけれど、死刑執行台に縛り付けられ訴えてくる瞳の力・・・。

いやぁ、見応えがありました!
実話に基づくということで、シスター・ヘレン・プレジャンによる原作もさっそく読んでみることに。

上映当時は残念ながらちっとも知らなかったけれど、DVDで出会えてとてもうれしかった作品のひとつ。観るきっかけになったkojiさんにも感謝、です。

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2008年1月28日 (月)

宅配レンタル TSUTAYA DISCAS

もうすぐ映画『オール アバウト マイマザー』のレンタルDVDを観ることができる(予定)。
この作品は、KATEKさんのブログ記事から興味を惹かれたもの。
といっても近隣にあるTSUTAYAで借りるわけではない。そこはそれほど小さなショップではないけれど、目当ての作品が取り扱われていなかったことは何回もある。
結果的に、長い間DVD鑑賞はしていなかった。

なかなか時間が取れず映画館にも行けない状況が続くと「映画を観たい!」という欲求がジリジリと湧いてくる。
せめてレンタルでと思っても、観たい作品はショップにはない・・・。

ということで試み的に「宅配レンタル TSUTAYA DISCAS」を利用し始めている。
ホームページによると、今日現在 
総DVD枚数 1,675,252枚  全タイトル 72,838作品がランイナップされている。

作品選びや予約、申し込みはネットから。
DVDはメール便で届き、返却は郵便ポストへ。
梱包の手間はいらず、送られてきたパッケージに入れテープカバーをめくって接着させるだけ。送り先も予め記入されているし切手も貼られている。

1ヶ月の無料期間も含めて昨年11月から3ヶ月間でレンタルした作品は以下の通り

*劇場で過去に観たもの、見逃したものいろいろだけれど、他の方のブログを読ませていただいて(kojiさんの影響力も大きいかも・・・)「あっ、これ観たい!」と思うとすぐに予約登録しておく。宅配優先順位はいつでも変更できる。

・『風の丘を越えて/西便制(ソピョンジェ)』 林権澤(イム・グォンテク)監督
・『グッバイ・レーニン』 ヴォルフガング・ベッカー監督
・『SUPER 8』  エミール・クストリッツァ監督
・『そして、ひと粒のひかり』  ジョシュア・マーストン監督
・『太陽のない街』 山本薩夫監督
・『真空地帯』 山本薩夫監督
・『太白山脈』  林権澤(イム・グォンテク) 監督
・『トランシルヴァニア』  トニー・ガトリフ監督
・『海と毒薬』熊井啓監督

今後宅配予定の予約作品は以下の通り
・『オール・アバウト・マイ・マザー』 ペドロ・アルモドヴァル監督
・『デッドマン・ウォーキング』 ティム・ロビンス監督
・『パパは、出張中!』  エミール・クストリッツァ監督
・『鬼婆』新藤兼人 監督
・『ゆきゆきて、神軍』原一男 監督
・『サンダカン八番娼館 望郷』  熊井啓 監督
・『日本の黒い夏 冤罪』  熊井啓督

予約は暫定的。取消しや優先順位の変更、新たな登録などがあると思う

近隣レンタルショップにはない作品がずらり、の宅配レンタル TSUTAYA DISCASも、いつでも何でも、というわけにはいかない。
作品ごとに「お届け率」などというものがある。たとえば上記リストの中では『ゆきゆきて、神軍』は49%~24%とかなり低い。プランも幾通りかあるのでご興味のある方は、こちらのサイトでご確認をどうぞ。

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2007年11月22日 (木)

『風の丘を越えて-西便制-』

映画館に出向く時間がとれなくなってきて、今までほとんど利用しなかったレンタルDVDに気持ちが向きだした。
レンタルなら1週間に1度くらいは観ることができるかな。

レンタル1号(おそらく今年初めて)は、
『風の丘を越えて-西便制(ソビョンジェ)-』監督:イム・グォンテク(林権沢)
1993年 韓国

風の丘を越えて
この作品を選んだのは、時々コメントを寄せて下さるkojiさんのブログ記事から。
kojiさんのブログはテーマもいいし、とてもていねいに書かれているのでぜひ皆様にご紹介したいのですが、いずれご本人が名前にリンク設定してくださる日を待つことにしましょう。

韓国映画は『グエムル 漢江の怪物』ポン・ジュノ監督を劇場で観て以来。
(この映画もとても興味深かった)

さて、本題。
全編を通して、美しい山里の自然が惜しみなく映し出され、パンソリが響き渡る。
(朝鮮の伝統文化「パンソリ」についてはコチラのサイトがわかりやすいです。視聴もできます)

父親(ユボン)はパンソリの名手、血のつながらない娘(ソンファ)と息子(トンホ)に妥協のない厳しさで芸を仕込みながら、芸人としての旅を続けている。

前半のクライマックスと言えるのが、およそ5分はあるかと思われるほどの長回しシーン。
時おり風が土を舞い上がらせる乾いた田舎道の方へと、ゆるやかな里山の坂を下ってくる3人が、嬉々として「アリラン」を唄い踊る。(画像は下りきって、道に出たところ)
金を稼ぐ手段として見せる芸でもなく、厳しい修行の一環でもなく、ただ歌う喜びに満ちたパンソリ。
ぐいと引き込まれ飽きさせないが、演じる者にとってはさぞしんどい1カットなのだろう・・・。
(このシーンはテオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』を思い起こさせた)

ユボンは、芸は一流でもプライド高く人付き合いも下手、入りだしてきた西洋音楽にも押され商売はうまくいかない。
やがてトンホはパンソリにも父親にも見切りをつけ飛び出す。
その悲しみから唄わなくなったソンファと父との2人旅は極貧のまま続き、娘に芸を極めさせようとするユボンは、声に「恨(ハン)」を染みこませる為にソンファの視覚まで奪ってしまう。

「恨(ハン)」はこの作品のテーマともなっているのだろうけど、なかなか感覚として私には捉えきれない。
ユボンが言うには、「『恨(ハン)』とは生きることを通じて心に欝積する感情のしこりのようなもの」でパンソリには欠かせないもの、だとか。
(この映画によって、パンソリへの興味はもちろん「恨(ハン)」という感情をもっとわかりたいという欲がムクムクと湧いてきた)

父と姉、そしてパンソリを捨てたトンホは会社員として安定した生活を得ている。
2人の消息を追う旅に出て、やがてソンファを捜し当てる。
トンホの所望によりソンファは唄い、トンホは太鼓をたたきだす。
一晩中続けられるそのパンソリによって思いを重ね合わせる2人は、結局名乗りあうことさえしない・・・。

映像の美しさ、パンソリの力強さと哀切が数日経った今も余韻として残っている。
ぜひいつかは劇場で鑑賞したい作品ではあるけれど、まずはDVDといえども観る機会を得たことがうれしい。kojiさんに感謝!
(私は全く知らなかったのだけれど、90年代の公開時、日本でもかなりの観客数を動員したらしい。)

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